「みんなは、5兆円あったら、どうする? どう使う?」

ナターシャちゃんほど 奇抜なアイデアでなくても、子供の頃とは違う 大人のアイデアを期待していたのに、そして、20年前に同じIF文を投げかけられたことを憶えているようでもなかったのに、紫龍の答えは、20年後の今日も、
「5兆円? 普通は5億円だろう」
だった。
僕の記憶が確かなら、20年前の答えと一字一句 違わない。
紫龍は、相変わらず、常識的な現実家。
その頑固なまでの 変わらなさに、僕は つい吹き出しそうになった。
でも、この冗談としか思えないほどの生真面目さと誠実が、紫龍を、社会人としても 戦友としても信頼できる仲間たらしめているんだと思う。

「俺は、とりあえず、1000円分、あんパン買うかなあ。1個150円として6個。6個くらいが、一度に食える限界だろ。余りで牛乳 買う。あんパンには、なんったって白い牛乳だぜ!」
が星矢の答え。
星矢は ちゃんと成長――というか、進歩というか、変化というか――しているみたいで、20年前とは答えが変わった。
1個 100円だったあんパンが、150円に値上がり。
育ち盛りに 一度に食べられる限度が5個だったのが、今は6個。それと、白い牛乳。
星矢の胃袋と食欲は、永遠に成長を続けているみたいだ。
でも、一生分を欲しいと思わないところは、やっぱり星矢だね。

そして、氷河。
氷河は、
「おまえのために白い薔薇を1輪 買う。あとは捨てる」
と言った。
「パパ、ナターシャには?」
ナターシャちゃんに問われて、
「ナターシャには、オレンジ色のガーベラを1輪」
を追加。

ゴチョー円は五千円より多いって教えたのに、ナターシャちゃんは、それで満足したみたいで、いっぱいに花びらをのばした オレンジ色のガーベラの花みたいに、嬉しそうに笑った。
氷河は、5兆円あっても、それをナターシャちゃんの学資にまわすつもりはないらしい。
きっと、意地でも自力で用意するつもりなんだ。
そして、氷河は、僕には もうハンカチは必要ないと思ってくれている。

僕は、5兆円の使い道を訊いたのに、薔薇1輪。
薔薇1輪じゃ、5兆円の100億分の1も減らせないよ。
なのに、僕は、ナターシャちゃんと同じように、氷河から もらえる1輪の花が、何より嬉しいんだ。
花1輪で、『おまえは 5兆円より価値がある』と表現してみせる氷河は、本当に 人たらしだと思う。

20年もの月日が経っているのに、氷河も星矢も紫龍も、何も変わっていない――根っこは何も変わっていない。
みんなの答えを聞いたら、僕は 笑うしかなくて――変わらない仲間たちが嬉しくて、僕は笑ってしまった。

お金があったって、平和が買えるわけじゃない。
命が買えるわけでも、愛が買えるわけでもない。
代々のアンドロメダ座の聖闘士たちは、それが わかるから――あるいは、わかったから――アンドロメダ島の財宝を海の底に置いたままだったのかな。
そのアンドロメダ島も、今はない。

お金があったって、平和が買えるわけじゃない。
命が買えるわけでも、愛が買えるわけでもない。
5兆円を使わなくても、僕は今 幸せだ。
地上世界に存在する不遇な子供たちを 一人でも多く 幸せにするためには、お金は あまり重要な要素じゃないんだろう。
でも、もしかしたら、雑草は救えるかもしれない。






Fin.






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