高レベルなのか低レベルなのか わからない星矢脅迫犯の正体が判明したのは、それから3日後のことだった。
「2通目の脅迫状を置いた人間の姿が監視カメラの映像に残っていないことを、セキュリティシステムの根幹を揺るがす謎だと、瞬が表したでしょう。それで ピンと来て、カメラの記録データの解析を、別の会社に依頼してみたの。そうしたら、画像データに加工編集の跡が見えると報告が来た。つまり、この家のセキュリティ管理を任せている会社の社員が、星矢の脅迫者だったの。もっとも、彼は、1通目の脅迫状郵送と2通目の脅迫状を置いたことと、監視カメラの映像データを削除編集したことしか 認めていなくて、数件の傷害未遂は自分のしたことではないと言い張っているようだけど」

沙織は、彼を警察に出頭させるかどうかは、彼を雇用している警備会社に 一任することにした――らしい。
コンプライアンスを重視するなら 脅迫犯を警察に出頭させるか 告発するだろうし、会社の体面を重視して内々で収めるようなら、事を公にはしないだろう。
前者なら、城戸邸の警備は今の会社に継続して任せるし、後者なら他社に乗り換えるつもりだと、沙織は言った。

城戸邸のセキュリティシステムの根幹を揺るがす謎は 無事に解明され、一件落着、めでたしめでたし。
――という顔で報告を終えようとする沙織に慌てたのは星矢である。
城戸邸のセキュリティシステムの根幹を揺るがす謎は、それで 無事に解明されたかもしれないが、なぜ 正義の味方である天馬座の聖闘士が、見も知らぬ警備会社の社員に脅迫され、傷害未遂事件の被害者にならなければならなかったのか、その謎が全く解明されていないではないか。
「沙織さん、それで終わらせないでくれよ! その警備会社の社員は、なんで俺を脅迫してきたんだよ !? 」

掛けていたソファから立ち上がりかけていた沙織が、半分悲鳴、半分怒声の星矢の訴えに引き止められ、思い出したように再び 元の席に戻る。
そして、その件を忘れていたことを 悪びれる様子すら見せず、彼女は彼女の聖闘士に衝撃の事実を語ってくれたのだった。
「その警備会社の社員は、星矢の脅迫者じゃなかったの。彼が星矢の脅迫者になったのは ただの行き掛かりで、彼は本当は瞬のストーカーだったよ」
と。

「それっていったい どういうことだよ!」
「なんだとっ」
「それはまた」
「は?」
最も驚いて しかるべき人間の反応が いちばん遅いのは、ご愛敬。
沙織も気にした様子は見せなかった。

星矢の脅迫者 改め 瞬のストーカーは、城戸邸の監視カメラの映像データを解析分析し、報告書を作成。それらのデータに問題点があった場合には、その解決策や改善策を提案する業務に携わっていたらしい。
日々 城戸邸から送られてくる映像データの中に、素晴らしく所作が綺麗で、控えめで、気配りのできる人物がいることに気付き、普通に好意を抱いた。
本来、社に送られてくる映像データの中の特定個人に関心を抱くことはないし、抱いてはいけないのだが、その人をじかに見たいという気持ちを抑えられず、実物を見に行ったら、それが 途轍もない美少女。

「実物に二度惚れしたのはいいけれど、彼自身はデータ解析が天職のような典型的インドア科オタク属。とても、瞬に声をかける勇気は持てない。ところが、その心優しき絶世の美少女に、毎日あれこれ世話を焼いてもらっている図々しい男がいる。家の内でも外でも、いつも瞬と一緒にいて、当たり前のことのように優しくされている星矢が、邪魔で邪魔で仕様がなかったんですって」
「そんなことで !? 」
そんなことで、脅迫者 改めストーカーは、地上の平和を守るために命をかけて戦っている正義の味方に 二度までも脅迫状を送りつけ、未遂とはいえ傷害事件まで起こしたというのだろうか(傷害未遂の方は否認しているらしいが)。

そんな人間が生きている地上世界を守るために命をかけて戦うなど、アテナの聖闘士ほど 割に合わない仕事はない。
星矢はまた、今度こそ本気で、『アテナの聖闘士なんか やめてやる!』と叫ぼうとした。
幸か不幸か、星矢は その言葉を叫ばずに済んだのであるが。
星矢に その言葉を叫ばせなかったのは、他でもない。星矢同様、アテナの聖闘士である氷河の、
「ふ……ふざけるな! 瞬のストーカーなら、脅す相手は俺だろう! なぜ星矢だ!」
という、怒りの大音声だった。

氷河の怒声発生を見越していたらしい沙織から、
「それは、今年の梅雨明けが 例年より かなり早かったから、かしら」
という、冷静な答えが返ってくる。
「早い梅雨明けと星矢への脅迫と、いったいどういう関係があるんだ!」
氷河の疑問文が『どういう関係があるんですか(敬語)』ではなかったので、その質問には星矢が答えることになった。
「あー、それはきっと、ほら、今年は、6月中に梅雨が明けて、7月に入ってからはずっと 暑い日続きだっただろ。で、瞬の外出のお供はずっと、おまえじゃなく 俺だった。おまえは、外に出たら、融けて死ぬとか言って、聖闘士のくせに完全にインドア派になっちまってた」
「仕方あるまい。人目のあるところで 小宇宙を燃やすわけにはいかん」

幼い子供のように、『悪いのは、俺じゃない!』と言い張る氷河に、星矢は少々 脱力気味。
それでも星矢は、仲間の面目を守るために、仲間に助言をしてやったのである。
「だから、ストーカーの目には、おまえじゃなく俺が 瞬の彼氏に見えたんだろ。瞬のストーカーに邪魔者扱いされる栄誉に浴したかったら、おまえは太陽光線に当たって融けて死ぬことを恐れず、瞬と一緒に外出するしかない」
「――」
氷河が『もちろん、そうする』と即答しないのは、それほど――アテナの聖闘士が恐れおののくほど――今年の夏が暑かったから。
そして、9月に入った今でも十二分に暑いから――だった。
進むもならず退くもならず、まさに進退窮まって、声も言葉もない氷河が作る沈黙の時を埋めてくれたのは、この件で 唯一 無傷の紫龍だった。

「俺たちの居住区に 監視カメラを設置することを提案してきたのは、その脅迫犯 改めストーカーだったんだろうな。目的は、商売気というより、これまでより詳細な瞬のデータを入手すること」
「してみると、その計画が頓挫したのはストーカーのためにもよかったじゃないか。氷河が瞬の部屋に忍んでいく場面を見たり、やばい音声を聞かずに済んで。そんなの、見たり聞いたりしてたら、そのストーカー、やけになって 何をやらかしてたか、わかんないぞ」
と、からかう口調で氷河に言ってから、星矢は その事実に気付いた。
「つか、おまえがカメラの設置に反対してたのは、そのへんのことが ばれると困るからだったのか!」

図星である。
図星だったが、今の氷河には もはや そんなことはどうでもよかった。
どうでもいいことになっていた。
重要なことは、瞬の恋人が天馬座の聖闘士ではなく白鳥座の聖闘士であることを、全世界に周知徹底すること。
瞬のストーカー 及び 全世界の一般人に、瞬の真実の恋人を、瞬の恋人として認めさせること。
そして、瞬のストーカー 及び 全世界の一般人に、瞬の恋人として羨まれ、妬まれ、脅迫され、襲われる栄誉に浴するためには、雪と氷の聖闘士は 灼熱の太陽の光と熱に全身を侵され、融けて落命することを覚悟して、瞬の外出のお供をするしかないということだった。

それは、とりもなおさず、白鳥座の聖闘士が 恋のために命をかけることができるかどうかという問題で、最終的に氷河は その決意をしたのである。
「どんなに地上世界が暑くても、本日以降、瞬の外出のお供は 必ず俺がする。星矢が瞬の彼氏と誤解されるなんて、俺には到底 我慢ならない」

恋のために、融けて死ぬ覚悟をした氷雪の聖闘士キグナス氷河。
彼は いずれ水瓶座の黄金聖衣を継ぐと目されている、(とても そうは見えないが)非常に有能な男である。
彼の 存在なくして、人類の明るい未来は あり得ない。
万一、彼が、本当に恋のために命を落とすことになったなら、それは地上世界にとって大きな損失となるだろう。
地球温暖化対策は、人類の急務である。






Fin.






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