その日は、瞬の16歳の誕生日だった。 嵐が多くなる季節を前に、氾濫することの多い大きな川の防波堤の視察に出ていて、遅くに帰城した一輝は、どうしても その日のうちに瞬に『おめでとう』を言いたくて、先触れの使者も立てずに 瞬の部屋に急いだ。 そして、そこで、一輝は、氷河と瞬が抱き合い 口付けを交わしている場面を見ることになってしまったのである。 港に近い丘の上に建つエティオピア王城の窓からは、黒く染まりかけている沖の空が見えた。 「恩を仇で返すとは、このことだ! 今すぐ この城から出ていけ! 二度と、瞬と俺の前に姿を見せるな! 明日の夜には 嵐が上陸すると、漁師たちは言っている。今すぐ 城を出て、安全な避難場所を確保することだ。嵐が来ても、まだ城中にいたら、俺は問答無用で貴様を嵐の中に放り出すぞ! 即刻、この城から出ていけ!」 「兄さん……!」 激昂する兄の心を静めようとして、瞬が 兄を呼ぶ。 その瞬の肩には氷河の手が置かれており、それが一輝の神経を逆撫でしたのだろう。 まもなく上陸すると漁師たちが予測している嵐より先に 大きな嵐が一つ、エティオピア王城内に飛び込んできたような―― 一輝が生み出す嵐は、治まりそうになかった。 一輝にしてみれば、氷河を信じていたからこそ、その裏切りが許し難く、怒りが爆発することになった。 氷河にしてみれば、瞬の兄の信頼を裏切ったという考えがないから、罪の意識を抱くことができず、謝罪のしようもない。 一輝にすれば、清らかさが失われたら地上世界を滅ぼすという神託を受けている瞬に 軽々しく恋を仕掛けた氷河の行為は、世界を滅亡に導く可能性のある危険な行為。 氷河にすれば、優しく清らかな瞬を守ることを生涯の務めと自認していたら、瞬を愛し 恋に落ちるのは自然なこと。 もちろん、生涯 瞬を守り抜く決意に いささかの揺るぎも迷いもない。 それが氷河の認識だった。 瞬の認識も、どちらかといえば、氷河のそれに近いものだった。 幼い頃から毎日、一日のほとんどを共に過ごし、時間だけでなく 喜びも悲しみも共にしてきた二人が、これからも ずっと一緒にいようと約束し合った。 それが これほど兄の怒りを誘うことだとは思ってもいなかった――というのが、瞬の本音だったのだ。 「氷河! 嵐が来る前に、さっさと出ていけ! 瞬、おまえは嵐が来るまで、この部屋を出るな!」 「兄さん……」 兄の激昂の訳を理解できず 呆然としている瞬から 氷河を引き剥がし―― 一輝は、つい先ほどまで 家臣というより仲間と思っていた男の身体を、廊下に放り出した。 衛兵を呼んで、瞬の部屋の前に 寝ずの番に立つことを命じる。 たとえ氷河が己れの無謀を自覚し、瞬との恋を諦めると言ってきても、二度と二人を会わせることはできないだろうと、一輝は思っていた。 それが、瞬のためで、エティオピア王国のためで、世界のため。そして、おそらく 氷河と瞬 二人のためでもあると考えて、一輝は氷河に城からの退去を命じたのだ。 それが二人のためだと思うから――それは氷河のためでもあり、そのことが わからない氷河ではないと思うから――氷河は 城からの撤去命令に従うだろうと、一輝は信じてもいた。 まさか、瞬の部屋から 摘まみ出された直後、バルコニーを伝って 瞬の部屋に舞い戻った氷河が、瞬に逃避行の計画を持ちかけているなどとは、一輝は思ってもいなかったのである。 「いったん城を出て、嵐が通り過ぎてから――おそらく2日後か3日後、迎えに来る。身ひとつで―― 大切なものだけまとめて、待っていてくれ。おまえと離れて生きていくことなど、俺にはできない」 氷河の その言葉に、瞳を喜びに輝かせて、瞬が、 「はい」 と答えたことも、一輝は知らなかった。 |