「氷河はどう思うの? 吟子さんや堂草先生が言っていた恋愛感情3年限界説」 二人の客が店内から消えると、瞬は 肩から力を抜いて、この店のバーテンダーを見やり、尋ねた。 思いがけない闖入者のせいではないだろうが、星矢の小宇宙は もう感じられなくなっていた。 「脳科学上の研究のあれこれは さておくとして、現に 人間は飽きる生き物らしいから、完全に否定はできないだろうな」 「氷河も飽きる?」 「かもしれん」 「かもしれん?」 答えの意味がわからず 鸚鵡返しをした瞬の前に、白い飲み物の入ったショートカクテルが置かれる。 ベースはラムのようだった。 オーダーしていないのに出てくるということは、何か意味があるのだろう。 「これは?」 瞬が問うと、 「XYZ」 瞬も知っているカクテルの名が返ってきた。 知っているのは、名前と その意味だけ。 それを飲まなければならない状況に追い詰められたことがないので、瞬は そのカクテルを飲んだことはなかった。 「時々、映画や小説に出てくるね。『もう終わり。助けて』だっけ。XYZなのに、意味はSOS」 氷河は、瞼だけで頷いた。 「XYZは、『これで終わり。これ以上のカクテルは作れない』という意味のネーミングだと言われている。これ以上はないから、『永遠に あなたのもの』。最初に 最高の恋人に会ってしまったら、他に、別の誰かを求める気にはならないだろう。10年経っても、20年経っても、永遠に」 「……」 いつも通り、ほぼ無表情で、そんなことを言ってのける氷河に、瞬は暫時 戸惑い、リアクションに窮し、最終的に 小さく吹き出した。 「この お仕事に就いてから、氷河、どんどん 口がうまくなってる」 「そんなことはない」 と答える時も、氷河は無表情。 しかし、 「おまえは?」 と問い返す際、氷河の目許は 微かに神経質そうに震えた。 「最高……なのかな? 氷河は危なっかしくて、放っておけないんだよ。僕のドーパミンの放出が止まる時期がくると、氷河が何かしでかして、そのせいで僕のドーパミンの放出は止まらなくなるんだ」 「そうか」 それで納得する氷河に、瞬は今度は耐え切れずに 声を出して笑ってしまったのである。 星矢がいないことに慣れてしまえず、星矢を心配し続けることにも、似たところがあるのかもしれない。 氷河や星矢だけでなく、兄も、紫龍ですらも、瞬にとっては3年の期限などない永遠の存在だった。 幼い子供の世話などできるわけがない氷河が、戦場から 小さな女の子を連れ戻ったのは、それから数週間後。 氷河を放っておけない瞬の病気は、強心剤を投与された人間の心臓のように、一段と活発化することになったのである。 堂草医師と吟子も、恋愛感情3年限界説を唱えながら、まだ永遠を諦めてはいない。 人間は、どうあっても、永遠を夢見ていたい生き物のようだった。 Fin.
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