“世界大会規格の広々としたリンク”を売りにしているだけあって、神宮外苑にあるMJGアイススケートリンクは広かった。
外野を含めた野球場3面分ほどの面積はあるだろうか。
滑走は禁止されているので、ほとんどの利用者は、すーいすーいと氷上の めだかレベルのスピードで ゆったりと広いリンクを滑っていた。
入場者数が制限されているせいもあって、利用者は かなりの余裕を持って自由に滑ることができるようになっている。
リンクの一角では、インストラクターに手を引いてもらい、ほとんど よちよち歩いているような初心者ばかりのグループもいたし、ジャンプやスピンの練習をしている玄人はだしの利用者も、少ないながら複数人いた。

ナターシャは、初めて履いたスケート靴に かなり緊張しているようだった。
が、ナターシャをエスコートすべく先にリンクに下りた氷河が、最初の一歩で見事にすっ転ぶ様を見せられた瞬間に、彼女は 自分が緊張していたことを光速で忘れてしまったらしい。
自分の緊張を忘れたナターシャの顔は、パパの身を案じる娘の心配顔に変わった。
「パパ、ほんとに4回転できるノ?」
「む……無論だ。ジャンプして、空中で回転すればいいんだろう」
自信がない様子を娘に見せるわけにはいかない氷河が、氷上で尻餅をついたまま、
「このスケート靴という奴がきつくて」
とか何とか、クールとは言い難い言い訳を始める。

スケート靴を履くのが初めてだから 滑るコツが掴めないというのは、事実だろう。
そして、仮にもアテナの聖闘士である氷河のことだから、スケート靴に慣れて 滑るコツが掴めれば、10回転や4回転は無理でも、1回転くらいは すぐにできるようになるだろう。
――と、瞬は思っていた。
だが、それにしても、仮にもアテナの聖闘士である氷河が 最初の一歩で派手な尻餅というのは、瞬にも想定外の事態だったのである。

今日、瞬が氷河と共にナターシャを連れて このスケートリンクにやってきたのは、アテナの聖闘士は 一般人にできることすべてができるわけではないという事実を、氷河に 身を持って学んでもらうため。
そして、ナターシャに、パパは何でもできるわけではないということを 知ってもらうため。
たった一歩で その目的は ほぼ達成されたようなものだったが、とはいえ、ナターシャの世界一 カッコいいパパが、最初から最後まで 尻餅パパでは困るのだ。
ナターシャを そこまで がっかりさせたくはない。
瞬は、氷河に助け船を出した。

「ナターシャちゃん。今日の目標は、まずナターシャちゃんがスケート靴を履いて、氷の上を滑れるようになることだよ」
言いながら、瞬は、危なっかしい様子で氷の上に立つナターシャ(しかし、ナターシャは氷の上に下りても尻餅はつかなかった)の両手を取った。
「氷河。僕、ナターシャちゃんとリンクを一周してくるから」
『その間に 氷と靴に慣れておいて』と、皆まで言わなくても、氷河には通じる。
氷河は 腕の力に頼らず 脚の力だけで その場に立ち上がり、『助かる』と、瞬の気遣いに 視線で礼を言ってきた。






【next】