カミュが帰ってからもずっと、ナターシャの興奮は治まる気配を見せなかった。
なにしろ、ナターシャが これまで聞いたことのなかった、子供の頃のパパの思い出話を山ほど――本当に山ほど 聞かせてもらったのだ。
しかも、そのお話のほとんどが、日本在住の普通の子供には経験しようのない、ものすごいエピソードばかりなのである。
その場面を想像するだけでも、ナターシャの頭は大忙し。爆発しないのが不思議なくらいだった。

軽めの夕食をとって、氷河は出勤。
氷河と一緒に家を出たカミュも、おそらく そのまま氷河の店に向かっただろう。
パパがお仕事に行くと、ナターシャは早速、おじいちゃんから聞いた子供の頃のパパのエピソードを、お絵描き帳に描き始めた。
登場人物は、パパとおじいちゃんの他に、白クマ、アザラシ、トド、ペンギン、キツネに白鳥、シベリアタイガーにトナカイ。
夢中で 描いても描いても描き終わらなくて、ナターシャは、お風呂と歯磨きのために、一時 クレヨンをマーマに没収されることになってしまったのだった。


「すごいね、マーマ。パパは、ペンギンやアザラシと一緒に泳ぎ方を練習したんだって。夏だけじゃなく、冬もだって。ナターシャ、冬の海に入ったりしたら、ぴきーんって凍っちゃうヨ !! 」
いつもの就寝時刻。
パジャマに着替えて ベッドに入ってからも、ナターシャの興奮は治まらなかった。
子供用ベッドの枕元で、これは もう、ナターシャが話し疲れて寝落ちしてくれる時を待つしかないのではないかと、瞬は半ば本気で案じることになったのである。

「氷河は寒いのも冷たいのも平気だからね。でも、ナターシャちゃんは真似しちゃダメだよ」
「ナターシャ、真似なんかできないヨ!」
「うん。じゃあ、ナターシャちゃんは あったかくして眠ろうね」
「パパとおじいちゃんは、パパのお店?」
「きっとね。氷河とおじいちゃんには 紅茶とマドレーヌじゃなく、お酒を飲んでお話したいこともあるのかもしれない」

カミュと氷河の思い出話は尽きなかった。
ナターシャも聞いているので、幸福で楽しかった思い出しか語っていないのだが、それでも、数時間ぽっちで語り尽くせるものではなかった。
それはそうである。
6年の年月を、たった数時間に凝縮することなどできるわけがない。

もともと、パパのことなら何でも どんなことでも知っていたいナターシャである。
登場する動物キャラクターの多彩さもあって、ナターシャは 終始 笑顔だった。
氷河もカミュも笑っていた。
だが、彼等は気付いてしまっていただろう。
自分たちが思い出話しかできない師弟なのだということを。






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