「ご自宅まで お送りするように言われています」 と言う運転手に、 「公園を歩いて帰りたいので」 と告げて、瞬たちは、光が丘公園の入り口で、黒塗りの車から降ろさせてもらった。 夕暮れというには まだ早い時刻だが、公園のメインストリートである ふれあいの小径から銀杏並木に続く遊歩道の両脇は、既に街路灯がともっている。 ナターシャは、氷河と瞬の前をスキップで5歩進んで振り返り、また5歩進んで振り返るスキップ歩行法。 これならパパとマーマから離れ過ぎず、振り返るたびに肩とウエストの運動にもなって、筋肉が鍛えられるのだ。 お土産の小豆は氷河の手に、お土産の切り餅は瞬の手にあった。 軽やかな足取りのナターシャから目を離さずに、瞬は、(言いたいことは多々あるのだろうに)今日は比較的 静かだった氷河に告げたのである。 「僕は……子供の頃、何の力もない僕を、どうして みんなは庇って助けて守ってくれるのか、それが不思議だった。僕は弱くて泣き虫で、助けたって何の報いも期待できないのに、兄さんも星矢も紫龍も氷河も、僕を庇い助けてくれた。兄さんは、兄さん自身が傷付いても、僕を守ってくれた。どうしてなのか わからないまま聖闘士になって――常人は持っていない力を持つ者になって……だから 僕は、その力で 人を救う存在になると決めたんだ。人は皆、優しくて強い。それぞれに優しくて強い」 氷河が『例外もあるぞ』と言おうとしていることを察知して、瞬はすぐに 言葉を継いだ。 「どんなに卑劣に見える人も、利己主義に見える人も、自分以外に守りたいものがあれば、その人のために誠実だと思う。だから、僕が いちばん嫌なのは、人と人との争いだ」 「まあ、それは そうかもしれんが……それは知っているが……」 奥歯に物のはさまったような氷河の物言い。 今日一日、氷河は言いたいことがないから静かにしていたわけではないのだ。 「ナターシャちゃんみたいに小さな女の子だって、悲しい思い出を抱えている。沙織さんですら そうだった。悲しい思いをしたことのない人なんて、いるはずがない。でも、だから、人は――人は 悲しさや心の痛みを知っているから、自分以外の人に優しくすることもできるんだよ」 「だから、あの我儘な馬鹿女を許せと、俺に言うのか!」 「氷河……!」 氷河の静けさは やはり、彼女への怒りを腹の底に抑えつけていたからだったらしい。 視線でナターシャを示すことで、瞬は氷河の怒声を抑え込んだ。 「彼女のことじゃなくて――僕は僕自身のことを言っているの。僕は いつも自分を恵まれた人間だと思っていたけど、事実は、自分が思っていたより もっとずっと恵まれた人間だったんだなあ……って。僕はいつも幸福だった。みんながいてくれたから――氷河がいてくれたから」 最後の1フレーズは、某水瓶座の黄金聖闘士の機嫌取りのための付け足しである。 それは わかっていただろうが、おそらく瞬のために、氷河は大人しく機嫌を直した振りをしてくれた。 「おまえは、今年も幸福なままだろう。俺がいるから」 「うん、きっと。氷河、今年もよろしくね」 「いつまででも、よろしくされてやる」 「ん。嬉しい」 たとえ この先、アテナの聖闘士たちの行く手に どれほど過酷な戦いや 悲しい別れが待っていたとしても、これまでの幸福な時間が それらの試練を乗り越えるための力になってくれるだろう。 そう確信して微笑んだ瞬の許に、 「ナターシャも、ヨロシクスルー!」 という、二人の娘からの新年の ご挨拶が飛び込んできた。 Fin.
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