『ものすごい勢いで 生き返っていった』とは、いったい どういう状況なのか。
デスマスクほど冥界慣れしていない瞬には、具体的に その状況を思い描くことができなかった。
が、なぜ そんな状況が現出することになったのか、その訳だけは わかった。
今 鎮が瞬に語っていたことを、華は聞いてしまったのだ。
二人が共に生き返り、残りの人生を二人で生きていくことは叶わぬ夢。実現できない未来なのだということを。
その事実を知り、希望を失った華が どうするのか――何を考え、何をするのか――が、瞬にはわからなかった。
わからなかったが、彼女が何かをすることだけは確実。

「華さんが、何か早まったことをするかもしれません。僕も、あっちに戻ります」
「お……おう」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔のデスマスクを その場に残して、瞬は生者の世界に戻ったのである。
それには1秒以上の時間を要することはなかったが、現世に戻ってから華のいる療護センターに行くまでに1時間ほどの時間がかかった。
そして、その1時間で、華はすべてを終えてしまっていたのである。
すべてを。
文字通り、すべてを。



駆けつけた療護センターの華の病室で 瞬が見たものは、華の身体に繋がれたままの幾本もの管。
動かぬ華。
ほぼ沈黙している枕辺の各種計測機器。
そして、沈黙している機械より 項垂れている、あの若い医師だった。
「ICUに移動する間もないほどの急変で……」
瞬の姿に気付くと、彼は、乾き掠れきった声で、それだけを ぽつりと言った。
彼の傍らにいた先輩らしき女医が、こちらはまだ 生気の感じられる声で、瞬に 経緯を説明してくれた。

「今日から、脳の葉酸の不足を補うための投与を始めることになっていたんです。何の前触れもなく、急に容体が急変して――まるで、生き返るのを拒否するみたいに」
華の回復のための助言を与えてくれた医師として、後輩から瞬の話を聞いていたのだろうか。
彼女は、瞬(他院の医師)の厚意をこのセンターの医師が有効活用できなかったことに責任を感じているのか、心苦しそうに、瞬に幾度も小さく頭を下げてきた。

しかし、瞬にはわかっていたのである。
彼女等には、何の責任もない。非もない。落ち度もない。
植本華は、自ら死のうとして、自ら死んだのだ。
自分の意思で 死を決め、死を実行した。
自分で自分の命を止めたのだ。
それが彼女の望みだったから。
その証拠に、彼女の死に顔は安らかで――表情や感情を持てない病に侵されていたはずの彼女が、命が消えた今は微笑んでいた。

「瞬先生のおかげで、せっかく病気の原因がわかって、治療に取りかかれると思ったんですが……。私が もっと早く気付いて、もっと早く 治療に取り掛かっていれば――」
やっと まともな文章を紡げるようになったらしい担当医師が、苦渋に満ちた声で呻く。
『もっと早く病の原因に気付いて、治療に取り掛かっていても、結果は同じ。彼女は、恋人なしで幸福になることはできなかったでしょう』と、真実を告げて 彼の罪悪感を減じてやるわけにもいかず――瞬は、悔やむ医師の背に手を添えて、慰め励ますことだけをした。
彼が救うべき患者は、華だけではないのだということを思い出してもらうために。

彼は、思い出してくれたようだった。
「同じ後悔を繰り返すことだけはしません」
それが、彼の瞬への感謝の言葉だった。






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