瞬たちの心配を無にして(?)俺が 忘れていた20年分の記憶を取り戻したのは、それから僅か5分後。
ほぼ絶叫といっていい俺の大音声で 俺が城戸邸にいることに気付いたナターシャが、俺を見付けてしまった時だった。
「パパッ! パパ、出張、終わったの!」
嬉しそうに そう言って、ナターシャが俺に抱きついてきた瞬間、俺は あっさりと すべてを思い出しまったんだ。


瞬の舌を入れるキスでも思い出さなかった記憶を、ナターシャの『パパッ!』で思い出すとは、親馬鹿にも ほどがある――と、その後 俺は散々 星矢に嫌味を言われ続けた。
そんなことを いちいち気にする俺じゃなかったから、星矢の嫌味など、俺は平気の平左で聞き流したが。


あの記憶喪失事件から、一ヶ月。
俺は 今になって、あの時、俺は 本当は記憶障害など起こしていなかったのではないかと思い始めている。
あの時――あの ごく短い30分足らずの時間、俺は この世界にいなかった。
あるいは、俺の意識は深く眠っていた。
そして、ちょうど その時、14歳の俺の意識が 未来の自分の中に飛び込んできていた――んじゃないだろうか。
俺は、そんな気がしてならないんだ。

14歳のあの日、俺はなぜ 突然 瞬に告白しようと思い立ったんだったろう。
どうして、あの日あの時 急に、俺は その勇気を持つことができたんだったろう。
記憶は曖昧で、混乱していて、定かではない。

だが、14歳のあの日、俺は 自分が瞬と結ばれることを、疑いもなく信じていたんだ。
信じていたから、俺は 瞬を追い続けることができた。
俺たちは必ず結ばれると信じていられたから。
その確信が どこから湧いてきたものなのかは、俺自身にもわからない。
わからないが、俺は、その確信のおかげで、今 誰よりも幸せな男でいるのだと思う。






Fin.






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