ナターシャちゃんとナターシャちゃんのパパとマーマが、高そうなメロンを持って、俺の家を訪ねてきたのは、次の日曜日。 「娘が 公園で暴漢に襲われそうになっていたところを、ご子息の機転で免れることができたんです。おかげで、娘は無事でした。その お礼を申し上げようと思いまして」 「ナミヘーお兄ちゃんのおかげで、ナターシャはピンチを脱出したヨ! ナミヘーお兄ちゃんは、立派だったヨ!」 途轍もない美人とイケメンの襲来に、父さんと母さんは目を白黒させた。 母さんは まだしも、父さんは だっさい紺色のスウェット着てて――まあ、恰好はどうでも、腰を抜かさずにいられたのは、ほんと、偉かったぜ。 紺色のスウェット着用にも かかわらず、 「何かの間違いでは……。うちの息子は、ちゃらんぽらんで、だらだらしてるだけの……」 てな調子で謙虚に応じてのけるところは、さすがに父さんは大人だと感心したよ。 「ご子息は、自分の生き方を懸命に模索して迷ってらっしゃいます。今は そういう時期なんでしょう。思い遣りのある優しい方です。勇気もある。おかげで娘は助かりました」 「ナミヘーお兄ちゃんは素敵な公園を作るヨ! みんなが大喜びする公園ダヨ!」 イケメンパパは一言も口をきかなかったけど、瞬先生とナターシャちゃんは これ以上ないくらい、俺を持ち上げてくれた。 美人の持つ力は すごいよ。 瞬先生に 素晴らしいご子息を ベタ褒めされた父さんは、すっかり気をよくして、 「迷っているのなら、とことん 迷ってみるのもいいかもしれん」 なんて、理解のあることを言い出した。 イケメンの持つ力も すごいよ。 「言いたいことは、ちゃんと声に出して主張しないと、損するのは おまえなのよ」 って、日に一度は小言を言ってた母さんが、 「目は口ほどに物を言うこともあるのねえ」 って、『ありがとう』の『あ』の字も言わなかったナターシャちゃんのパパを大絶賛。 あんな目を持ってない俺は、やっぱり、自分の意見をちゃんと言えるようになった方がいいんだろうけど。 いや、俺の場合は、それ以前。 自分の意見をちゃんと言おうとする意欲を持つところからだ。 可愛い女の子の力に至っては! 「おまえ、意外に 女の子に もてるんだな。さすが、俺の息子だ」 「これなら、彼女さんを連れてきてくれる日だって、そう遠いことじゃないかも」 なんで、そんなことになるのかわからないけど、父さんと母さんは 突然 自分の息子の上に 夢と希望を見い出すことになったらしい。 すごいよ、ナターシャちゃん、君は。 生きることの素晴らしさなんて、俺には全く わからない。 一度 軽く死にかけるような経験をしたっていうのに、それでも やっぱりわからない。 当たりまえだよな。 俺は まだ、ただの一度も 自分の命を 素晴らしく生きたことがないんだから。 生きることの素晴らしさなんて、ちゃんと生きてみなきゃ わからない。 そして、死んだように生きるなんて、そんなの、死んでからすればいい。 まずは、ちゃんと生きてみなきゃ。 そのために。 俺は、とりあえず志望学部を、経済学部から建築デザイン学部に変更した。 Fin.
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