アテナの言っていた“アンドロメダ島で見付かる探し物”というのは、“白鳥座の聖闘士キグナス氷河の恋人”だったのだと、氷河は思った。 堅物女神の呼び声も高いアテナが こんな気の利いたことをしてくれることもあるのだと、氷河は、(畏れ多くも)女神アテナを見直すなどという不遜の罪を犯していたのである。 実際、アンドロメダ島に渡った氷河が その島で見い出したのは 彼の恋人だったのだから、氷河のそれを完全に間違いということはできないだろう。 氷河の誤りは むしろ、女神アテナが彼女の聖闘士の恋活に積極的に協力することもあるのだと思い込んでしまったことの方だった。 聖域どころか大陸にも戻らず、今度は正式にアテナの聖闘士として上陸したアンドロメダ島で 瞬と楽しい日々を過ごしていた氷河の許に、一輝からの使いと女神アテナの命令書が同時にやってきたのは、エティオピア王国 国王一輝とデスクィーン王国女王エスメラルダの婚姻の儀式が いよいよ間近に迫った ある日のこと。 一輝からの使いの知らせは、エスメラルダ姫に聞いた話で気になることがあったので調べてみたところ、瞬は、生まれて まもなく正体不明の神の手先に さらわれたエティオピア王国の第二王子 ――つまり、一輝の弟だということがわかった――というもの。 あまりに面差しがエスメラルダに似ていたため、てっきりエスメラルダの血縁だと思い込み、実際に出会っていながら、そのことに気付けなかった己れの不明を恥じる――という、エティオピア国王 一輝のコメント付き。 アテナのからの命令書には、『てめぇの見付けた探し物は、地上世界の平和のために、一刻も早く、その身柄を聖域で保護すべきものだってことは、聖闘士なら馬鹿でもわかるはずなのに、何を ちんたらしてやがる!』という意味合いのことが、極めて格調高い文章で記されていた。 つまり、瞬は、氷河にとっては“キグナス氷河の恋人”だが、エティオピア王国の国王一輝にとっては、“十数年前に何者かによって さらわれた生き別れの弟”で、聖域の女神アテナにとっては、“その身柄を聖域で保護すべき、世界の平和に関わる重要人物”であったらしい。 氷河は、よりにもよって そんな人に手を出してしまったのだ。 手を出し、手をつけ、心身共に 後戻りができないほど、もはや離れて生きることが考えられないほど、深く関わってしまったのである。 アテナはともかく、一輝が 氷河を許すとは思えなかった。 「氷河。もしかして、エスメラルダさんの結婚式の日取りが決まったの? だったら、僕、エスメラルダさんに お祝いを言いに行きたいな。聖域のアテナにも、アンドロメダ座の聖衣を授かった報告に行かなきゃならないし」 「あ……ああ、そうだな……」 エティオピア王国の国王一輝にとっては、“十数年前に何者かによって さらわれた生き別れの弟”、聖域の女神アテナにとっては、“その身柄を聖域で保護すべき、世界の平和に関わる重要人物”、しかし 氷河にとっては、“キグナス氷河の恋人”が、アンドロメダ島を出ることを既定の事実として、氷河に尋ねてくる。 一輝に殺されたくないから ずっと この島にいようと言えたら、どんなに楽か。 だが、その楽な道を採ることは、氷河には許されていない。 一輝の目を逃れ、アテナの不興を買わずに、二人の恋を貫く道を、氷河は懸命に模索し始めた。 Fin.
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