高い天井。
白い壁、白い柱。
広いフロアは方形ではなく円形。
丸いホールを囲む本棚も曲線を描いていて、そこには大人の本ではないとわかる装丁の本が ずらりと並んでいた。
大小様々のテーブルや椅子も円形や楕円形のものが多く、堅苦しい印象を排除しようとする設計者の意図が垣間見える。
入館チェックは厳しく堅苦しかったのに、子供図書館の中は、子供を恐がらせない 優しく やわらかい空間になっていた。
まるで、おとぎの国の おとぎの城に絵本が たくさんあるような――そう錯覚してしまいそうな造りの閲覧室・展示室だった。

日曜の日中だというのに、都心三区の子供しか入館できないせいか、せっかくのおとぎの城に 子供の姿は一つもない。
完全に ナターシャの貸し切り状態。
この絵本の城は、今、ナターシャ一人のためだけにあった。

本のミュージアムの一角に 絵本ギャラリーのコーナーを見付けたナターシャが、大喜びで駆け寄っていく。
そこには、19世紀ヴィクトリア朝時代の英国の少女たちと妖精たちが登場する絵本が並んで展示されていた。
ガラスケースの中に飾られている絵本は、特別に稀少なものなのだろうか。
全ページの原寸大カラーコピーが 横に置かれていた。
もちろん、手に取って読める本もある。
ナターシャは、ギャラリーに展示されている絵本を順番に眺め、気に入ったものがあると、それを“マーマ”に報告する作業を開始したのである。

パパではなくマーマに報告するのは、パパが本当はエプロンドレスにも妖精にも興味がないことを、ナターシャは 知っていたから。
その代わり、パパは花や動物には詳しい。
ところが、なんと マーマは、エプロンドレスや妖精に興味を示してくれただけでなく、花や動物にも詳しかったのである。
綺麗なマーマは、ナターシャの疑問質問に、それがどんな分野のことでも すぐに答えてくれた。

エプロンドレスのエプロンの種類。
妖精が帽子にしている花の名前。
この絵本の時代のイギリスでは、女性のスカート丈が年齢で決まっていたこと。
だから、絵本に描かれている少女の歳も 正確にわかること。
マーマは何でも知っていた。
素晴らしい同伴者を得たことに歓喜したナターシャは、それから3時間近く、マーマにべったり。
決してマーマから離れようとしなかったのである。


マーマと絵本に夢中になっていたナターシャも、だが、おやつの時間を30分も過ぎると、さすがに空腹と喉の渇きを覚えたらしい。
絵本のお城探検にいそしんでいるナターシャとマーマの様子を、それこそ 素敵な絵本のページを繰るように追いかけていた氷河の方を振り返ったナターシャは、パパに おやつと休憩を求めてきた。
「パパ。ナターシャ、喉が からからダヨ。マーマもきっと ケーキを食べたいと思う」
ケーキを食べたいのは、本当はナターシャ自身だろう。
それは わかっているのだが、いちいち そんなことを指摘するほど、氷河は馬鹿でも不粋でもなかった。
ナターシャは、パパとマーマとナターシャの三人で 午後のお茶に行こうと言っているのだ。
氷河は、大人顔負けのナターシャの気遣いに、感動しさえした。
ナターシャが、その気遣いを無自覚に行なっているのだとしても、それは大した問題ではない。






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