AIのゆくえ






瞬が死んだ。
それは確かな事実である。
血の繋がった家族よりも強い絆で結ばれた瞬の仲間が全員、瞬の死を感じ、確信したのだから。
確信して――確信すると同時に、呆然とした。
あの瞬が死んだということに。

あの瞬が。
誰よりも 強く柔軟、聡明で適応力にも優れている瞬は、しなやかに、したたかに 死の影を 躱して、誰よりも着実に 自身の命を生き続けるだろう。
言葉にしたことはなかったが、誰もが そう思っていた、あの瞬が。
天馬座の聖闘士のように 無茶無謀もせず、龍座の聖闘士のように 触れられると理性のタガが外れる逆鱗を隠し持っているわけでもなく、白鳥座の聖闘士のように 諦めがよすぎるわけでもなく、鳳凰座の聖闘士のように 死に慣れて(?)もいない瞬は、誰よりも死に縁遠い。
冥府の王ハーデスとの関わりを持ったがゆえに 死に避けられ、最も長く命を永らえるに違いない。
瞬が生き延びていてくれさえすれば、聖域は、聖闘士たちは、この世界は、必ず立ち行く。
皆が そう信じ、期待し、頼ってもいた、あの瞬が。

『あなた方、いい加減に黄金聖闘士になってくれないかしら? でないと、みんなが困るのよ。そんな小宇宙を持っている あなたたちが いつまでも青銅聖闘士のままでいたら、黄金聖闘士のなり手も 青銅聖闘士のなり手も現れないでしょう』
などという妙な理屈で、アテナに覚悟を決めることを迫られ、瞬と瞬の仲間たちの黄金位継承の話が、いよいよ具体的になりかけていた時だった。
黄金聖闘士になってもらわないと困るほど強大な小宇宙と力を持った瞬が死んだ。
瞬が死んだ事実は 信じられない。
だが、瞬が なぜ死ぬことになったのか、その理由と事情だけは、誰に聞かなくても 瞬の仲間たちにはわかっていた。
誰かを救うため、何かを守るために、瞬は死んだのだと、それだけは。


瞬の亡骸は、沙織の指示で すぐにグラードのメディカルラボに 運ばれたらしい。
神の力、小宇宙の力による 復活が無理なら、科学力、高度医療技術でどうにかできないかと、沙織は考えたのだろうか。
「瞬に会わせてくれ」
という氷河の望みが叶えられたのは、瞬の仲間たちが瞬の死を感じてから4日後。
100時間以上の時が過ぎてからだった。

世の中には、エンバーミングという技術もあるのだ。
自己融解、死後硬直、死冷、死後凝血、腐敗――普通の死体に起こる変化が、瞬の亡骸に起きていることはないだろうとは、氷河も思っていた。
それでも、少なくとも、寝台か 遺体安置用保冷庫に横たわっているのだろうと思っていたのに、瞬は 椅子に座っていた。

肌は、青白くはなかった。
土気色でもない。
血液の流れを確信できる色をしていた。
頬に触れれば、それは温かいに違いないと確信できる色である。
そして、瞬は 目を開けていた。
瞳はきらきらと輝き、動き、意思的で――つまり、瞬は生きていた。

一瞬、氷河は、それを瞬のクローンかと疑ったのである。
が、彼は2秒で その考えを放棄した。
“生きている瞬”に見えるそれが、瞬と大して変わらない年齢のようだったから。
瞬が死んでからの100時間程度で、瞬と同じ遺伝子を持つ“ヒト”の身体を作り、ここまで育てあげることは、どれほど効果的な成長促進剤を用いても不可能だろう。
クローン(似せもの)でないなら、本物か。
その考えも、氷河は1秒で放棄した。
瞬と同じ姿をしたそれが 瞬でないこともまた、確かな事実だったのだ。
瞬の姿をしたそれからは、瞬のあの強大な小宇宙が かけらほどにも感じられなかったから。






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