その騒ぎで、俺が――馬鹿の自覚のある この俺が――学んだことは、『上には上がいるんだから、独りよがりに思い上がるな』ってことだけじゃなかった。 もちろん それは身に染みたけど、それよりも、野球は1人でやるもんじゃなく、ピッチャーとキャッチャーの2人でやるもんじゃなく、正選手9人でやるもんでもなく、9人以上でやるもんだってことだった。 天才美人キャッチャーが あのイベント会場に来てくれたのは、能力があるのに破滅に向かって突き進んでるような俺の将来を案じたバッティングセンターのおっさんが、バッティングセンターに ナターシャっていう名の女の子の話をする常連がいることを思い出して(あの童顔男だ。星矢という名らしい)、そいつに俺を助けてやってくれと口添えを頼んだから。 童顔野郎は、いつも世話になってる おっさんの頼みを ナターシャちゃんのマーマ(瞬っていうんだそうだ)に伝えた。 ナターシャちゃんのパパは、その話に いい顔をしなかったらしいが、ナターシャちゃんが パパを説得してくれたらしい。 瞬さんが あのグラウンドに来て、俺の球を受けてくれたのは、つまり、バッティングセンターのオーナーのおっさんの人脈と人徳のおかげだったんだ。 「自分一人で試合に勝てるなんて思い上がりを捨てて、『一緒に試合を戦いましょう』と お願いすれば、あなたのキャッチャーを務めようと思う選手は必ず現れますよ。その力を持つ選手は高校生の中にもいると思います。これまでは――あなたの球を受けられるキャッチャーがいなかったのではなく、あなたの球を受けたいと思うキャッチャーがいなかっただけなんです」 『ごめんなさい』と『よろしくお願いします』それから『ありがとう』が言えるようになれば、俺は必ず 俺の球を受けてくれるキャッチャーに巡り会える。 俺の天才美人キャッチャーは 自信満々で そう言って、にっこり笑った。 ナターシャちゃんは、 「マーマ、野球選手にならないノー?」 って、残念そうだったけど、 「代わりに、クローバーの お兄ちゃんが立派な野球選手になってくれるよ」 とマーマに言われて、納得してくれたようだった。 だから俺は、何としても 立派な野球選手にならなきゃならない。 ナターシャちゃん、ナターシャちゃんのマーマの瞬さん、瞬さんとの仲介の労を取ってくれた童顔男、バッティングセンターのオーナーのおっさんの厚意に報いるため、俺は3年の選抜も終わった この5月に、『ごめんなさい』と『お願します』を駆使して、高校の野球部への入部を許可してもらった。 野球部の正捕手は、速球一辺倒の攻め方が苦手らしいんだが、補欠に 俺みたいに力で押す球を好きな捕手がいてくれて、今、二人で特訓中。 あのバッティングセンター主催イベントでの大騒動を見ていた部員が何人かいて、3年生新入部員の俺は、彼等に いいように おちょくられてる。 みんなでやる野球が こんなに楽しいものだったなんて、俺は これまで知らなかった。 昨日、俺はチェンジアップをマスターした。 俺は今、毎日が楽しい。 Fin.
|