結局、ナターシャの提案通り、瞬たちは、公園を出たところにある洋食屋さんで、レディースプレートとランチプレートを四人分、持ち帰り用の容器に入れてもらい、公園の芝生広場のピクニックテーブルに広げて食することになったのである。 ナターシャは、ミコちゃんのお姉ちゃん役が気に入ったらしく、スプーンやフォークの使い方が上手とは言い難いミコちゃんの世話を焼くのが楽しくてならないようだった。 ナターシャに、 「おいしい?」 と訊かれるたび、大きく頷いて もくもくと食べ続けるミコちゃんは、もしかするとスープやピカタの味など ほとんどわかっておらず、いつも食べている菓子パンと異なる食感に夢中になっているだけなのかもしれない。 そう思えるほど、ランチを食するミコちゃんは 異様な迫力を帯びていた。 それでも、ミコちゃんの野菜嫌いは、食事の内容が偏っている家の子供に ありがちなことで、ある意味 普通。 それを見越して選んだ甘いリンゴドレッシングが いかんなく持てる力を発揮してくれたところを見ると、味が全くわかっていないわけでもないようで、その事実は瞬を安心させてくれた。 ナターシャも、ミコちゃんの お姉ちゃんという立場上、ちゃんとピーマンを残さずに食べて、瞬を喜ばせてくれたのである。 食後、おなかがいっぱいになったら眠くなったらしく、ミコちゃんは その場で お昼寝を始めてしまった。 そんなミコちゃんに つられるようにナターシャまで。 想定外といえば想定外のことだが、子供の行動は いつも想定外である。 氷河と瞬は、ピクニックテーブルを 他の家族連れに譲って、自分たちは芝生広場の木陰に移動。 こういう時のために着る必要もないのに氷河が身に着けているジャケットをシート代わりにして、子供たちには 思う存分眠ってもらうことにした。 「完全に予定が狂っちゃったけど、ナターシャちゃんも、妹ができたみたいで嬉しそうだし、これはこれでよかったかな」 「人食いトラと触れ合うよりは平和でいい」 小さな女の子が おなかいっぱいで 昼寝をしている姿は、『嫌でも、ほのぼのしろ』と天に命じられているようなものである。 天命に従って ほのぼのしていた氷河と瞬に、突然 嵐が襲い掛かってきたのは、ナターシャたちが寝入ってから 15分も経たない頃。 「いったい、これはどういうことよ!」 嵐は、一人の女性の金切り声だった。 歳は30歳を少し過ぎたあたり。 胸元まで伸びている髪は偽の金髪。 丈の短いフロントボタンの黒いワンピースは、上のボタンが2つ、下のボタンが3つ外され、いろいろと露出のための工夫が為されている。 その女性が、幸せそうに眠っているミコちゃんの右腕を掴みあげ、ヒステリックに叫んだ。 「ミコ! 起きなさい! ほんとに使えない子ね! 騙す相手に飼い馴らされて どーすんのよ!」 気持ちよく眠っていたところを無理に起こされても、乱暴に腕を掴み上げられ、頭から大声で怒鳴りつけられても、ミコちゃんは 呻き声ひとつ、泣き声ひとつ 上げなかった。 怒髪天を突いている偽金髪の女性の前で、ミコちゃんは 何も言わずに身体を固くしている。 どうやら この女性がミコちゃんの母親らしいと、瞬が思った時。 「ミコちゃんに なにするのっ!」 ミコちゃんの腕を掴み上げている女性の腕に ナターシャが飛びつき、その女性は ほとんど反射的に、空いている方の手でナターシャを払いのけようとした。 女性の手がナターシャに触れる前に、ナターシャの身体が 氷河によって 偽金髪女性の手が届かないところに避難させられる。 それが速すぎて――ミコちゃんの目には、ナターシャが自分の母親の手で放り投げられたように見えたらしい。 それまで、声どころか 音を発することさえ恐れているように静かだったミコちゃんが、急に火がついたように泣き出した。 「泣くんじゃないの!」 周囲の目と耳を気にしてのことなのか、今更、女性の声が小さくなる。 しかし、ミコちゃんは泣き止まない。 小さくなった女性の声に反比例して、ミコちゃんの泣き声は大きくなり、 「泣くな! うるさい!」 ミコちゃんの泣き声に対抗するために、女性の声は再び大きくなる。 「ミコ! 静かにしろって言ったのが、聞こえなかったのっ!」 女性の声は、結局 ミコちゃんの泣き声より大きくなり、光が丘公園の芝生広場にいた多くの家族連れの目と耳を集めることになってしまったのだった。 |