ナターシャは、瞬ちゃんのこと、ほんとは嫌いじゃないんダヨ。
瞬ちゃんは綺麗で優しいし、瞬ちゃんがいないと ナターシャはすごく困るんだカラ。
けど、瞬ちゃんは、ナターシャにすごく厳しいんダヨ。
パパなら笑って許してくれるようなことも、絶対に許してくれないし。

昨日もそうだっタ。
昨日、ナターシャは、パパと瞬ちゃんとナターシャとで、ランチクルーズに行ったの。
大きな白い お船で 東京湾の景色を眺めながら、ランチを食べるんダヨ。
蘭子ママがチケットをもらったんだけど、ディナークルーズじゃなくランチクルーズなら 健全なファミリー向けだろうって言って、パパにくれたんだっテ。

ナターシャは、白とレモンイエローのレースとチュールのサマードレス。
瞬ちゃんがパパとナターシャのおうちに来て、合流したら、三人で オデカケ。
その予定だったんだケド。
お家を出る時、瞬ちゃんが ナターシャに 帽子をかぶるように言ったノ。
「ナターシャちゃん、帽子をかぶって。今日はお陽様が 強いから」
って。
ナターシャは、
「帽子は、邪魔だから やっ」
って 言って、そのまま お外に出ようとした。
でも、お外に出る前に、瞬ちゃんに捕まっちゃっタ。

「ナターシャちゃん。今日は 外は かんかん照りだよ。あんな強い お陽様に当たってたら、熱射病になっちゃう。熱射病になったら、お熱が出て、苦しくて、何にもできなくなるよ」
デモ、パパは帽子をかぶりなさいって言ってなかったんダヨ。
「ナターシャは、ネッシャビョーに ならないもん!」
「ナターシャちゃんが ならないと思っていても、病気は 勝手に あっちからやってくるんだよ」
デモ、お着替えした時、パパは そんなこと言ってなかったんダヨ。

ナターシャの帽子を手に持って、玄関に立ち塞がった瞬ちゃんから、ナターシャはパパのところに逃げ込んだ。
「パパ、パパはナターシャのこと、可愛いって思ってる?」
「ん? もちろんだ」
ほら。パパは、ナターシャのこと、可愛いっテ。
だから ナターシャは、帽子は嫌なんダヨ。

「帽子をかぶると、ナターシャの可愛いのが隠れるから、ヤダ!」
瞬ちゃんが持ってるのは、麦藁のポーラーハット。
紺色のリボンと、ガーベラのお花のコサージュがついてる可愛い帽子ダヨ。
でも、それでも帽子は帽子だもん。
帽子は やだもん。

『絶対 帽子はいや』って横を向いたナターシャを見て、
「は?」
瞬ちゃんは、急に ぷっと吹き出した。
何がおかしいノ。
大事なことダヨ。
大事なことダカラ―― ナターシャは、瞬ちゃんの言いつけをきかないって言ってるのに、瞬ちゃんは すごく楽しそう。
楽しそうに笑って、瞬ちゃんは、 
「ナターシャちゃん。ここに来て」
って、ナターシャを呼んダ。

玄関のとこにある姿見の前。
オデカケ前に変なところがないか、ここでチェックするんダヨ。
瞬ちゃんが ナターシャを その前に立たせるから、ナターシャは ちょっと不安になったノ。
ナターシャに、どこか変なとこがあるのカナ? って。
だから パパに、
「パパ。ナターシャ、可愛い?」
って、訊いた。
パパは すぐに頷いてくれたヨ。
瞬ちゃんも、それには賛成みたいだった。
にこにこ笑って、鏡の中のナターシャを見る。

「うん。とっても、可愛いね。でも、この淡い色のチュールのサマードレスに、この赤とオレンジ色のお花の飾りのついた帽子をかぶると、素敵なアクセントになって、バランスがよくなる。最初に目がいくところが上になるから、みんながナターシャちゃんのお洋服より ナターシャちゃんの顔を見るようになって、ナターシャちゃんの可愛らしさが すごくはっきりするんだよ。ほら。帽子ありのナターシャちゃんと 帽子なしのナターシャちゃんを 比べてみて」
瞬ちゃんに そう言って、帽子を手渡されて――だから、ナターシャ、比べてみたノ。
帽子ありのナターシャと 帽子なしのナターシャを。

そしたら、帽子ありのナターシャの方が断然 可愛かった。
帽子をかぶると、確かに ナターシャの頭と おでこの上が隠れちゃうんだけど、白とレモンイエローの薄い色のサマードレスは、帽子がないと、ぼやーんとしてて、どこを見ればいいのか わからない。
でも、帽子をかぶると、目が自然に 色がはっきりした帽子のお花に行って、それから ナターシャの顔を見るようになるんダヨ。
「確かに、帽子ありの方がバランスがいい。決まってるな」
パパに そう言われて、ナターシャは 帽子をかぶることにした。

そんなふうに、瞬ちゃんの言うことは いつも いいことで正しいんダヨ。
だから、ナターシャは、瞬ちゃんの言うことを聞かなきゃならなくなる。
いいことで正しいことなんだけど、いいことで正しいことだから、結局 いつも瞬ちゃんの言う通りになっちゃって、ナターシャは、それが ちょっと癪なんダヨ。






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