「マーマ……」
ナターシャは びっくりした。
マーマの涙に びっくりした。
間違いなく、ニコちゃんの動画シリーズの結末より びっくりした。
息を吞んで、かちんこちんに固まってしまったナターシャの様子を訝った氷河が、ナターシャに少し遅れて瞬の涙に気付き、ナターシャ同様 びっくりする。
とはいえ、氷河の驚きは、ニコちゃん動画シリーズの結末への驚きほど大きなものではなかった。
氷河には、瞬の涙は、ニコちゃん動画シリーズの結末ほど得心できないものでも意外なものでもなかったのだ。
氷河には、瞬の涙の意味が わかっていた。

マーマの涙にびっくりして 瞳を見開いているナターシャの身体を、瞬が しっかり抱きしめる。
そして、ナターシャを抱きしめたまま、涙にくぐもった声で、だが不思議に力強く はっきりした声で、瞬はナターシャに告げた。
「ナターシャちゃん。僕と氷河は、何があっても、どんな時にも、命をかけて ナターシャちゃんを守るよ。そして 必ず守り抜く。でも、もし それで僕たちが死んでしまっても、ナターシャちゃんは 決して挫けずに、僕たちの分まで、ナターシャちゃんの命を生き抜いてね。僕たちに何かあっても、ナターシャちゃんには、ナターシャちゃんの力になってくれる人がたくさんいる。ナターシャちゃんは絶対に 一人ぽっちにはならないから」
「マーマ……。うん。でも、マーマ」
「ニコちゃんの子供たちも、きっと兄弟で助け合って、生き延びてくれるよ。ニコちゃんが命をかけて守った命だもの。きっと立派な大人になる。だから、ナターシャちゃんも――」
「マーマ。ナターシャは大丈夫ダヨ。ナターシャは負けないヨ。だから、マーマ、泣かないデ」

星矢や紫龍が『氷河より強い』、『世界で 一番目か二番目くらいに強い』と口を揃えて言うマーマ。
そんな瞬の涙は、逆に、ナターシャの心を強くしたのかもしれない。
マーマに慰めてもらおうとしていたナターシャの小さな手は、今は、瞬の涙を拭い去ろうとして、瞬の頬に触れていた。
氷河は そんなナターシャの髪を撫でてやり――そんなふうにして、ナターシャ一家の上に落ちてきた ニコちゃん動画シリーズ最終回の衝撃は少しずつ 和らぎ、薄れていったのである。

瞬自身、自分の涙に驚いていたようだったが、思いがけず零れてしまった涙は、氷河と瞬にとっては、ある意味 幸いだったかもしれない。
おかげで、氷河と瞬は、なぜ こんな悲しいことが起きるのかを、ナターシャに説明せずに済んだのだから。

こんなふうに悲しく理不尽な出来事は、起きるから起きるのだ。
そうとしか言いようがない。
肉食恐竜のタルボサウルスも、ニコちゃん一家を不幸にしようとしたのではなく、自分が生きるために必要なことをしただけなのだ。
肉食恐竜が生きていくには、肉が必要だから。

『こんなの、変ダヨ。どうして?』と問われれば、『神が こんなふうに世界を創ったから』としか答えようがない。
ナターシャも、ハンバーグは大好きなのだ。
ナターシャがハンバーグを食べられなくなるような 世界のありようを、ナターシャのパパとマーマは ナターシャに教えるわけにはいかなかった。
今はまだ。
それを知らせるには、ナターシャは まだ幼すぎる。






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