人間には、幸運な人間と、そうでない人間がいる。 裕福な家に生まれた人間と、ビンボーな家に生まれた人間。 優れた容姿を持って生まれた人間と、不細工に生まれた人間。 いい親に育てられた人間と、ろくでなしの親に育てられた人間。 それから、そうだ。生まれた時代っていうのもある。 景気のいい時代に生まれた人間と、不景気な時に生まれた人間。 いや、就職の時期が 景気のいい時代に当たった人間と、そうでない人間か。 生まれた場所ってのも、人間の幸不幸を分ける重要な条件だ。 先進国か発展途上国か。平和な国か、内乱戦争中の国か。 俺は、そんなふうな幸不幸を分ける条件のほとんどが悪い方の人間だ。 恵まれてたと言えるのは、戦時下でない日本に生まれたってことくらいか。 おかげで、政治難民には ならずに済んだ。 世界的に見れば、俺より不運な人間は五万といる――いや、5億くらいいるのかもしれない。 地球上80億の人間を、相対的に幸運な40億人と不運な40億人に分けたら、俺は幸運な方の40億の方に入るのかもしれない。 でも、だから どうだっていうんだ? 俺の周囲には 俺より不運な奴がいないのに。 俺の世界では、俺がいちばん不幸な人間なのに。 実際、これまでの人生のほとんどで、俺は貧乏くじばかりを引いてきた。 お世辞にも裕福とは言えない家に生まれて、不細工で、親は、何ていうか、あくびが出るほど詰まんない親。 せめて、子供の才能を見付けて、それを伸ばしてやろうなんてことを考えてくれるような親だったら よかったのに、毎日 飯を食うみたいに、毎日毎日『勉強しろ、勉強しろ』しか言わなくて。 『勉強しろ、勉強しろ』しか言わない親は、『勉強なんかしても無駄だ』って言う親より、質の悪い人種なんじゃないだろうか。 いやいやながら、仕方なく、ほどほどに勉強した俺は、テキトーな大学に合格して、『勉強しろ、勉強しろ』から解放された途端、全く勉強しなくなった。 で、ゲームに はまって、ゲーム三昧。 俺自身もさ、この時点で、『こんなんじゃ、俺の人生、ろくなもんにならない』って気付いてればよかったんだけど。 俺が生まれた時は、景気は そんなに悪くなかったんだ。 俺が中高生だった頃、大学入学時は、バブル真っ盛り。景気は最高潮。 そして、大学卒業時――つまり、俺の就活時期と就職時期、景気は最悪だった。 いわゆる就職氷河期ってやつだ。 Cランクの私大文系男子の引き取り手なんて、どこにもなかった。 超売り手市場になってる今の就職市場を見てると、泣きたいのに笑うしかないみたいな、ぐちゃぐちゃな気持ちになる。 俺だけじゃなく、俺の世代――ロストジェネレーション世代の人間は、ほとんどが そうなんじゃないだろうか。 俺たちは――俺たちが悪かったんじゃない、生まれた時代が悪かったんだ。 そう思うしかない。 とにかく どこでもいいから就職しなきゃってんで、焦って就職したところが とんでもないブラックで、俺は3ヶ月でギブアップした。 あれから20年。 名の通った会社の正社員になれてない俺を見るたび、つい最近まで、ウチの親たちは、『何のために大学まで行かせてやったんだ』って嘆いてた。 この1、2年、『ロスジェネ世代、40代を救済しないと、日本国が危ない』なんて世論が急に大きくなってきて、そのせいか、最近は、俺を時代の犠牲者みたいに見るようになって、愚痴は言わなくなったけど。 言えるわけないよな。 昨今の世論は つまり、今の俺の不遇は、俺を その時代に産んだ自分たち(親たち)のせいだって、言ってるんだから。 その上、俺は、そんな悲惨な世代に生まれついたにもかかわらず、派遣登録して 真面目に働いて、何とか暮らしている。 お運びさんのバイトまでしてるんだから、できた息子だって褒めてもらってもいいくらいだ。 まあ、派遣でも何とか暮らしていけてるのは、俺が実家暮らしだからで(つまり、親の家がある おかげだから)、どっちもどっちの お互い様ってとこなのかもしれないけど。 とはいえ、何とか暮らしてられるだけで、今の俺に生きる希望なんてものはない。 40にもなって、正社員じゃないから、出世できないし、貯金もできないし、彼女はできない。 俺に彼女ができないのが、俺が不細工だからなのか、金がないからなのか、性格が悪いからなのかはわかんないけどな(その理由を一つに絞る必要もないが)。 もともと明るく元気なリーダータイプでも、真面目にコツコツ頑張る勤勉タイプでもなかったけど、小中高と いじめにも合わずにフツーに生きてきたから、まさか自分がこんな大人になるなんて、俺は思ってもいなかった。 就職もだめ、結婚もできない。 到底 人生の成功者、勝利者とは 言い難い。 俺と同じ歳で ちゃんと正社員してる奴はいるだろうし、俺と大して変わらない不細工なのに 結婚できてる奴もいるだろうけど、『だから 文句を言うな、僻むんじゃない』って言われてもな。 僻んで愚痴を言うくらい、許されてもいいだろ。 それで やけになって犯罪行為に走るわけじゃないんだから。 人間には、幸運な人間と そうでない人間がいて、俺は 幸運でない方の人間だってだけのことだ。 時代のせいだって思うから、積極的に状況を改善しようって気にもならない。 時代に逆らうなんてことは、俺レベルの凡人には無理だ。 何もする気にならない もう40を過ぎた。 これから何かを始められる歳じゃない。 今の俺にできるのは、俺と違って幸せな奴を妬むことだけ。 あ、でも、こんな俺にも、たった一つだけ途轍もなく大きな夢――っていうか、願いがある。 俺の願いは、恐竜時代を終わらせたみたいな巨大隕石が この地球に落ちてきて、恐竜たちが絶滅したみたいに、人類も絶滅すること。 幸せな人間も不幸な人間も全部まとめて、人類滅亡。ついでに地球消滅。 生きてたって、いいことなんかないし、そもそも人間なんて、いつかはみんな死ぬのに、真面目に生きてたって、何の意味もないだろ。 だからって、不真面目に生きる度胸もない俺には、そんな夢(?)を抱いて、人類滅亡の現場を脳裏に思い描いて 暗く笑うのが、毎日の楽しみと言えば 楽しみだった。 人類滅亡の時 笑っているのは、これまで 不運の側にいた人間たちだろうって思うと、少し いい気分になった。 だから 俺は、ケーキ屋で見た、あの綺麗で幸せそうな家族のことを、いつまでも忘れられなかったのかもしれない。 綺麗で幸せそうな あの家族は、俺の夢が すごく暗くて みじめなものだってことを、俺に思い知らせる存在だったから。 その日以降、人類滅亡の現場を思い描いても、あの綺麗な家族のイメージが邪魔をして、俺は以前のように 自分の暗い妄想を楽しめなくなっていた。 そして、そんな自分に苛立ちを覚えていた。 |