「昨日、遊園地で撮った写真を、アンドロメダ島に送られる直前の瞬に見せてきた? え? なんで? 全然 意味わかんねーんだけど。なんで おまえが わざわざ過去に飛んで、んなことしなきゃなんねーわけ?」

毎日、当たりまえのように 気温が35度を超えていた夏は終わった。
『もう行きたい時にいつでも 公園に遊びに行っても大丈夫だよ』
瞬先生のお許しが出てから、ナターシャは、雨の日と よそにオデカケの日以外はほとんど毎日、パパと一緒に光が丘公園にやってきていた。
それを知っている星矢が 2日に1度の割合で 光が丘公園にやってくるのは、氷河同様、星矢もが昼の仕事に就いていないから(氷河と違って、星矢は夜の仕事に就いているわけではなかったが)。
そして、グラードの医師に、心身に大きなダメージを負った闘士には、幼い子供との交流が ちょうどいいリハビリ(主に、精神面での)になると言われていたからだった。
『氷河が無茶をしないように見ていてくれる?』
と、瞬に頼まれているせいもあったのだが。

とはいえ、『氷河が無茶をしないように見ていて』を、当初、星矢は瞬の冗談だと思っていたのである。
氷河ももう 大人といえる年齢。
しかも、今は一児の父。
そんな氷河が、いくら何でも 十代の頃のような無茶をするわけがないと、星矢は思っていた。
氷河が無茶をするのは、彼が一児(ナターシャ)の父になったからだということを、やがて星矢は知ることになったのだが。
つまり、氷河は、ナターシャという娘を得たことで、極めて傍迷惑な親馬鹿になったのだ。

『〇チガイに刃物』=『氷河に溺愛の対象』
マザコンは なかなか治らなかった。
ストレートのくせに同性の瞬に恋したことで巻き起こった幾多のトラブル。
そして、今度は愛娘。ついに親馬鹿である。
人類の愛を賛美するアテナが、氷河のそれを見て 人類を見捨てることにならないのが不思議といえば不思議なほど、我儘を極めた氷河の愛。

その氷河が、また馬鹿なことをしでかしたようだった。
『この夏、猛暑日の日中に外で遊ぶことを我慢した ご褒美に』という名目で、昨日 ナターシャを連れていった遊園地。
そこで撮ってきた氷河と瞬とナターシャの写真。
氷河は、クロノスに頼み込んで 過去に飛び、アンドロメダ島に送られる直前の瞬に、その写真を見せてきた――というのだ。
何のために そんなことをしたのか。いったい なぜ そんなことをする必要があるのか。
星矢には、氷河の意図が全く理解できなかったのである。

「遊園地で 俺たちの写真を撮ってくれた人が、俺たちを見て、『綺麗で、仲良しで、幸せそうで、まさに理想の ご家族ですね』と言ってくれたんだ。だから、その写真を、子供の頃の瞬にも見せてやろうと思った」
「はあ?」
何が『だから』なのだろう。
『まさに理想の家族』と羨望の眼差しを向けられたのが嬉しい気持ちはわかるが、それを知らせる相手が、なぜ幼い頃の瞬なのか。
氷河の思考回路――むしろ思考の飛躍が、どれほど考えても、星矢にはまるで理解できなかったのである。

理解できないことを責めることはできない。
だから、星矢は眉根を寄せて 首をかしげるばかりだった。
氷河には、自分が人に理解できないことをしている自覚は毫もないようだったが。
「瞬が聖闘士になるための修行で死んだりせずに大人になり、やがて 俺と一緒に理想の家庭を作るんだということを知らされていれば、瞬はその未来を信じて、どれほど苦しい時にも希望を持って生きてくれるだろうと思ってな。子供の頃の瞬は――今でも まだそのきらいがあるが、一輝と自分を比べて、自分の力を過小評価しがちだった。自分に自信を持てず、何事にも消極的なところがあった。『おまえは死なない』という事実を知らされることは、アンドロメダ島に送られる直前の瞬に 自信と力を与えるだろう。あの頃は スマホなんかなかったから、俺のスマホの写真を見て、瞬は 俺を神か天使だと思ったようだったぞ」

そう言って、氷河は、彼のスマホを星矢の前にずいっと突き出した。
その画面には もちろん、氷河が幼い瞬に見せた写真が表示されている。
氷河や瞬を知らない全くの第三者が見たら、確かに それは、美しい両親と可愛らしい娘の幸福の図だったろう。
しかし、極めて残念なことに、星矢は 氷河という男の多分に浅慮で傍迷惑な人となりを知りすぎるほどに知っていたのだ。

「阿呆。何が神か天使だ。悪魔の間違いだろう。でなかったとしても、せいぜい悪い魔法使いくらいのもんだ」
「何を言う。あの写真を見た瞬は、自信を持って 聖闘士になるための修行に臨み、実際 立派に聖闘士になるだろう。瞬は、自分が将来 俺と幸せな家庭を築くと信じて、大人になるんだ。そして、ついにナターシャの登場。瞬は、俺とナターシャと自分が家族になることは 運命で定められていたことだったのだと気付き、俺と二人でナターシャを育てていくことを決意するに至るわけだ」

どうやら それが 氷河の思い描いた筋書き――これまでと これからの筋書きであるらしい。
それを聞かされた星矢は、溜め息を禁じ得なかった。
「なんで そう、自分に都合のいいようにしか考えられないんだよ! ガキの頃の瞬が、この写真を見て、そんなふうに考えられるわけないだろ! おまえが どっかの女と子供を作るんだと思うに決まってる」
「なに……?」

能動的で主体的で行動的な人間は、世の中が自分の望む通りに動くと信じている。
信じているから、能動的で主体的で行動的に動くことができるのだ。
そういう人間は 往々にして、行動を起こし 失敗してから、物事が自分の望む通りにならない可能性に気付く――知るのだ。
いわゆる 後の祭りというやつである。






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