人間の形をした身体。
しかも、それが やたらに綺麗。
俺は、大人の歳って、よくわかんないんだけど、多分 だいたい 12歳から18歳の間くらい。
12歳から18歳の間くらいの人間を、ほんとの大人は“大人”と言わないかもしれないけど、12歳で俺の倍、18歳で俺の3倍も長く生きてるんだから、俺から見たら 立派に大人だ。

まるで 透き通った水でできてるみたいに綺麗な目。
顔も綺麗。
髪も表情も手も、とにかく綺麗で可愛い。
俺のマーマとは全然 違うタイプだけど、綺麗で優しそうなところはおんなじ。
天使なのかな。
天使って、とびきり綺麗で可愛い女の子みたいだ。

あ、この“女の子みたい”ってのは、“男の子っぽくない”っていう意味の“女の子みたい”だ。
女の子なのか男なのかは よくわからない。
どっちでもないのかもしれない。
どっちでもないのが 天使なのかもしれない。
ともかく、男か女かわからない その天使に、『君は誰』って訊かれて――俺は 咄嗟に どう答えればいいのか 思いつかなかったんだ。
だって、今の俺は 身体がなくて、要するに ただのガスの塊りみたいなもんだから。

迷ったあげく、俺は、とりあえず、
「俺は 人間の魂だと思う」
って答えた。
天使が、怪訝そうに首をかしげる。
天使が、人間の形をしていないのに『人間だ』って言う俺を変に思ったのか、それとも、自分のことを『だと思う』なんて言う俺を変だと思ったのか、それは 俺にはわからない。
俺自身、今の俺が何なのか わかってないんだからな。
わからないなりに――俺は、これまでのことを順を追って全部、天使に説明したんだ。
『順を追って全部 説明した』って言っても、肝心のとこは、気を失ってて、俺は何も憶えてなかったんだけど。

天使は黙って聞いてくれた。
説明の途中に、余計なことを――『うっそー』だの、『そんなの、ありえないー』だの、『なんで、そんなことをしたのー? 馬鹿みたーい』だのって、詰まんない合いの手を――入れてこないのは、すごくいい。
人の話を聞ける奴だ。
女は(もちろん 俺のマーマは除く)、大人のおばちゃんも おばちゃん未満の若い女の子も それができなくて、俺を苛立たせるのに。
俺は とにかく、これまでのことを全部 説明して、それから、『ここはどこだ』って、天使に訊いた。
“いかにも いかにも”な黒い城が見えるけど、ここは地獄なのか? ――って。 

そしたら、天使は、俺に変なことを訊いてきた。
「黒い城が見えるの?」
って。
まるで、天使には見えてないみたいに。
『黒い不気味な城があるだろ、あそこに』って、城を指させたらよかったんだけど、残念ながら、今の俺はガス星雲。指がない。
だから、言葉で、「見える」って答えた。

冷静になって考えてみると、それも変な話なんだけどな。
今の俺には身体がない。
当然、目も口もなくて、見ることも喋ることもできないはずなのに。
ガスが喋ってるんだ。
声はどこから出るんだよ?

――って、俺の方は 存在自体が不気味で不自然だけど、天使は身体があるから、声を出すことができて、話すこともできるんだ。
優しい、あったかい声で。
「君に 黒い城が見えるのは、悪魔のいる場所は そんなふうなんだろうと、君が想像しているからだと思うよ。本当は ここは何もない世界なんだ。何もないのに、すべてがある世界」
何もないのに、すべてがある世界? なんだよ、それ?
『なんだよ、それ?』
って、俺は声に出して言ったのかな?
俺が言ったのかもしれない言葉に、天使は頷いた。

「悪魔は 自分の姿を自在に変えられるんだ。動物にも、人間にも――もちろん、山羊の角と蝙蝠の翼と蛇の尻尾を持った お馴染みの姿にもなれる。決まった姿がないから、決まった住まいも持たない。だから、悪魔の世界である魔界には何もない。君に見えている黒い城は、君の想像、イメージ、幻影。この魔界には、何もないんだよ。悪魔は大抵 人間を誘惑するために人間界にいて、ここに戻ってきても、特定の姿を作ることはないから――」
悪魔は大体 外出中。
ここは地獄じゃなく、魔界。
魔界には何もないし、誰もいない。
――っていうのか?
だとしても――。

「おまえは、俺が想像して作ったものじゃないと思うけど……」
だって、この天使は俺の想像力を超えた姿をしてる。
半分 自信満々で、あとの半分は 自信無し。
そんな、自分でも よく訳のわかんない心境で そう言った俺に、天使は あっさり頷いた。

「うん、確かに僕は実際にここにいる。君の想像の産物じゃない。僕は、魔界にいないはずの、生きている人間の気配を感じて、ここに来たんだけど――」
ちょっと信じられないって言うみたいな溜め息をついて、
「まさか、本当に人間がいるなんて……」
天使は、独り言を呟くみたいに そう言った。






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