「一生懸命 生きていれば、きっと君には 信じ合える仲間ができるよ。そして、優しい恋人にも出会える。君の家族を持つこともできるようになるんじゃないかな」 俺がほしいのは、仲間でも 恋人でも 家族でもない、おまえだ。 ――って、言っちゃ いけないんだろうな、やっぱり。 「悪魔に魂を売ったら、死んだ人を生き返らせるのは無理でも、仲間や恋人や家族は手に入れられるのかな」 悪魔に魂を売ったら、死んだ人を生き返らせるのは無理でも、おまえを手に入れることはできるのかな? 「悪魔にもらった仲間なんて、駄目だよ。ううん。悪魔は君に悪魔を君に与えることはできない。君の仲間は、君にしか作れない。君の愛と誠意で 君に結びつけられた人が、君の仲間で友だちだよ。そうでない人は 仲間とは言わない」 悪魔は、おまえを俺に与えることはできない。 愛と誠意で俺に結びつけられるのでなければ――。 うん。そうなんだろうな。 天使の言う通りなんだろう。 俺は納得するしかなかった。 聞き分けた振りして――切ないから、俺は別の話を始めた。 別の話っても、どうでもいい話じゃなく、最初から ずっと気になってたことなんだけどさ。 つまり、 「悪魔でも天使でもなく 人間なのなら、おまえは、なんで魔界にいるんだよ?」 ってこと。 天使の答えは、なんか滅茶苦茶 常識外れっていうか、完全に予想外の答えだった。 天使は、 「僕は隠れんぼの最中なの。魔界にいたら、冥界のハーデスに気付かれないかもしれないって期待して、ここに隠れてるんだよ。ハーデスが気付くか気付かないか、テスト中なんだ」 って言ったんだ。 冥界の支配者ハーデスが、人類を滅亡させるのに、この天使を利用しようとしてるから、地上世界と人類を守るために、天使は ここに隠れてるんだって。 いや、それはさ、さすがに日本のアニメの見すぎだよ。 でも、ってことは、そのテストが終わったら、この天使は人間界に戻るってことか? 俺も人間界に戻るんだから、そこで また この天使に会えるかもしれないってことだよな? ちょっと希望が見えてきた。 この気持ちのいい手。 この気持ちのいい手を、俺は、悪魔に魂を売ってでも 俺のものにしたいよ。 とにかく、人間界で もう一度 会う。 絶対に、もう一度 会うんだ。 「おまえ、なんて名だ?」 そのためには、まず名前。まず、名前だ。 名前が わからなきゃ、探しようがない。 「瞬だよ」 瞬。 瞬か。 覚えやすくて、呼びやすくて、いい名だ。 「瞬。俺は氷河だ」 人の名を訊いたんだから、礼儀として 俺は俺の名を名乗ったんだけど、俺の名を聞いた途端に、瞬は変な顔になった(それでも、綺麗で可愛いけど)。 「氷河……?」 それから、俺を 変な目で見て(それでも、澄んで綺麗だけど)、 「歳は幾つ?」 って、訊いてきた。 「6つ」 俺が歳を答えたら、 「ここは時空が歪んでる」 って。 それは、どういうことだ? まあ、たとえ ここの時空が歪んでても、俺としては、これから俺(たち)が戻る人間界が まともなら、それでいいけどな。 そこで、おまえに会えたら、それだけで。 「そのテストってのが終わったら、おまえは人間の世界に戻るんだろ? 俺も元の世界に戻る。俺は、人間界で、もう一度 おまえに会いたいんだ!」 この優しい気持ちいい手の持ち主に、必ず もう一度 会う。 会って、この優しい気持ちいい手で 触れてもらう。抱きしめてもらう。 きっと、絶対。 それができないなら、俺は、一人ぽっちの人間界になんか戻りたくないよ。 その望みを叶えるためになら、今度こそ 本当に 悪魔に魂を売ってもいいっていう、俺の決意が瞬に通じたのか、瞬は 俺に、 「会えるよ。僕と氷河は、必ず また会える。その時は、僕の お友達になってね」 って言ってくれた。 あんまり あっさり、そうなるのは当然で当たりまえだって感じの調子で言うから――普通なら、そんなの、お座なりの その場しのぎの、100パーセント希望的観測でできたセリフだって思うとこだけど、瞬が あんまり あっさり、そうなるのは当然で当たりまえだって感じの調子で言うから――俺は逆に、瞬の言葉を信じる気になったんだ。 瞬の手は優しくて気持ちいい。 今、俺を見る瞬の目は―― 大好きで大切で仕方のないものを見詰める目。 なんでだか、俺を見る瞬の目が さっきまでと違っていた。 (もちろん、澄んで綺麗なことは 違ってないけど) 「ほんとに会えるのか?」 「うん。その時、僕は、この姿とは違う姿をしてるかもしれないけど」 「俺、綺麗な おまえが好きだから、違うおまえは やだな」 俺は、悪魔や神様と違って正直者だから、つい正直に、そう言ってしまった。 それを聞いた瞬が、ちょっと お疲れ気味の溜め息をつく。 俺は 慌てた。 『だったら、会わない』なんて言われたら、俺が困るから。 でも、俺は、悪魔や神様と違って 嘘はつけないから、 「おまえの目が 今のまま、綺麗なままだったら、俺、絶対に おまえと友達になる!」 って、嘘じゃなく正直なまま 訂正。ていうか、改訂。 瞬は笑って――人間の笑い方で笑って、 「ありがとう」 って、言ってくれた。 てことは、瞬の目は、人間界に戻っても 今のまま、綺麗なままなんだ。 それで、手が優しくて気持ちいいままだったら、俺には どんな文句もない。 人間界に戻ったら、絶対に、俺は、瞬を俺専属の“お友達”にする。 俺は、そう決めたんだ。 マーマがいなくなってから初めての、それが 俺の生きる決意だった。 そして、生きる目的だった。 悪魔の世界は、人間の世界より よほど、約束や契約ってのが重要で大切で、厳正であるべきものらしく、俺が引っ掛かった詐欺は、瞬が言ってた通り、無効になったみたいだった。 教会で目覚めた俺は、最初は、魔界でのことは全部 夢だったのかなって思ったんだけど、悪魔が化けてた偽司祭が 突然 行方不明になったって、他の司祭たちが騒いでるのを見て、俺は瞬との出会いが夢じゃなかったことを確信したんだ。 俺が 日本に渡り、そこで瞬という名の綺麗な目をした可愛い子に出会ったのは、それから数ヶ月後。 日本は、春 真っ只中。 城戸邸の庭は、緑の野原を雪が覆い尽くしたみたいに、雪柳の白い花が咲き乱れていた。 Fin.
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