「ナターシャは悪くない」
「ナターシャちゃんは、とっても いいことをしたよ」
と、もちろん、氷河と瞬は、その場で即断し、断言した。
逆帯氏を『死刑で当然』と言っていた氷河も、『ナターシャは悪くない。ナターシャは良いことをした』と言い切った。
その言葉で安心したらしいナターシャが、安堵の涙を流しながら、今度は、氷河にしがみついていく。
ピタゴラスイッチは見損なってしまったが、それで ナターシャの胸の中の小さな嵐は収まってくれたようだった。

ナターシャの心配事――『自分は悪いことをしたのかもしれない。そのせいで、パパに嫌われたら どうしよう』という恐れは 消し去ることができたが、氷河と瞬は これで『ソラ町人命救助事件』を終わらせてしまうわけにはいかなかったのである。
『ナターシャは悪くない。ナターシャのパパとマーマは、ナターシャを大好きである』
その事実を告げることで、ナターシャの胸の中の嵐は収まったかもしれないが、ネット上やテレビのワイドショー等で 旧徐氏が責められ続けている限り、ナターシャは それを自分のせいだと思い、自分を責め続けるだろう。
永遠に 寄せては返す波のように、ナターシャは自分を責め続けるだろう。
ナターシャのパパとマーマは、その状況をどうにかしなければならなかった。

ソラ町人命救助事件。
第一幕 『ソラ町人命救助の光と影』、第二幕 『ソラ町人命救助の謎』に続く、第三幕。
氷河と瞬は、第一場 『ナターシャの告白』で始まった第三幕のタイトルを『ソラ町人命救助事件の解決』とし、『ソラ町人命救助事件』を大団円で終わらせなければならなかったのである。

グラード財団総帥である沙織の力を借りて、トップダウン方式で 超法規的解決を図るか、蘭子に相談して、ボトムアップ方式で 大衆 草の根に根差した通俗的解決を図るか。
暫時 悩んだ末、氷河と瞬は 今回のケースでは後者の方が適切であろうと考え、蘭子の悪乗りが 少しく 不安ではあったのだが、後者の道を選択した。

蘭子は、氷河と瞬の相談事を迷惑がるどころか、大喜びの大乗り気で 協力を約束してくれた。
「こういう時、警察や真っ当な法律は役立たないわ。大衆を動かすには、良くも悪くもメディアの方を使わなきゃ。マスメディアでも、ミニメディアでも、パーソナルメディアでも、ソーシャルメディアでも、情報と情報の提供の仕方でどうにでもなるのが大衆よ」
『ソラ町人命救助事件』の真の主役 ナターシャを まじまじと見詰めながら、蘭子は自信ありげに顎を引き、頷いた。
「ナターシャちゃんなら、動画よ。断然、動画。虐待野郎に命を奪われた悲しい女の子と同じ歳の女の子の姿が、途轍もない力を発揮することになるでしょう」
そう言った当日、その日のうちに、蘭子は動画撮影のためのスタジオを確保していた。

旧徐氏の無実を訴える動画が、ネット動画サイトで公開され、テレビのワイドショーでも放映され始めたのは、蘭子がナターシャの動画を撮影し完成させた翌日。
その効果は覿面。
特に、某公共放送の『クローズアップいま』で取り上げられたのが大きかった。

『おしゃれのしすぎは駄目よ。でも、暗すぎても 硬すぎても駄目』
蘭子は そう言って、ナターシャの赤いリボンを紺色のリボンに替えさせたらしい。
他は いつものナターシャのまま。
台本もなし。
ナターシャは、その動画で、彼女の言いたいことを、彼女の言葉で語ったのだった。






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