「雪代くん、どうし……」 瞬の答えを待つまでもなく、彼の強張った表情の訳はすぐにわかった。 人影が近付いてきていたのだ。ざっと見積もって20人ほどの男たちの集団が、真っすぐに絵梨衣たちのいる場所に向かって進んでくる。 「な…何よ、あれ…」 たとえそれが皆屈強な男たちだったとしても、彼らがそれぞれ別の行動をとっていたなら、絵梨衣もそれほど恐怖を覚えることはなかっただろう。しかし、まるで軍隊のように隊列を組んで、自分に向かって真っすぐに向かってこられては、とても心穏やかではいられない。まして、彼らは、そのまとっているものからして、現代人のそれとは全く異なっていたのだ。 集団が近付いてくるにしたがって、彼らと自分たちの相違が、より明確に見てとれた。 彼らは総じて背の高い男たちだった。氷河とほとんど変わらない。髪は茶系、中には黒髪の者もいた。みな白人なのだろうが、肌は日に焼けていて浅黒い。袖のない膝上までの短衣に、獣の皮をなめして作ったような胸当てを着け、編み上げのサンダルのようなものを履いていた。 それが揃いも揃って、絵梨衣たちを目指して一直線に近付いてくるのだ。 「げ…男の太腿なんて見たくねーぞ、俺は」 いつのまにか絵梨衣の前に回り込んできていた氷河が、男たちの恰好を見て、心底嫌そうに顔を歪めた。 「……氷河…」 瞬が氷河のYシャツの袖を引っ張る。視線は男たちの上に据えたまま、瞬を見ずに氷河は言った。 「多勢に無勢だ。瞬、悪いな。追い払ってやれそうにない」 その言葉を聞いて、瞬はほっと息をついた。 「無意味な怪我をするようなことは避けた方が賢明だよ。氷河に暴れ始められたらどうしようかと思った」 「おまえも相沢も走れないのに、立ち回りはできない」 「うん」 男たちが近付いてくるにつれ、彼らの目が殺伐とした光をたたえているのが見てとれた。そのくせ、彼らはどこか無気力で無感動な空気を全身にまとわりつかせている。 「敵意のないこと、どうやって示せばいいんだろ。投げ捨てる武器もないのに」 「言葉も…通じそうにないな」 「うん…」 彼らの手には武器が握られていた。もし、あのコンピューターの残骸が彼らの手になるものだとしたら、その文化の高さとは相入れない、重さに頼って敵を倒すためのものとしか思えない大きく長い剣を。 「みんな、氷河より腕が太い…」 怯えたように言う瞬に、氷河が舌打ちで答える。 「ここで、そーゆーことを言うか? 夜中に道路工事のアルバイトでもやってるんだろーよ。ふん。あそこまで筋肉がついてると、かえって不気味だぜ」 氷河はムッとした表情になったが、多分にそれは作られたものだったろう。目だけは、近付いてくる男たちを凝視している。 男たちの行進は、彼らの顔だちの違いが見極められるところまで進んできていた。 瞬を背後に庇うように氷河が一歩前に出るのと、彼らが一斉に立ち止まるのが、ほぼ同時、だった。 彼らが次にどういう行動に出るのかを察しきれず、絵梨衣たちの周囲の空気が緊張で凍りつく。 次の瞬間、思いがけない光景が絵梨衣たちの眼前に展開された。 強面の男たちは重そうな剣を石畳の上に置き、その剣を放置したまま5、6メートル後ずさると、その場に膝をついたのである。氷河たちの足許3メートルのところに打ち捨てられた20数本の剣、更に5メートル先には跪く男たち――これほど明確に害意の無さを示す行為もない。 だが――彼らの表情には好意もまた感じられなかった。好意どころか生気を感じとることさえ、絵梨衣にはできなかったのである。 「この人たち、何者なの? なんでこんな…」 絵梨衣は瞬に尋ねたが、もちろん瞬から答えが返ってくるはずもない。それは、跪いている男たちに尋ねるべきことだったろうが、その勇気も絵梨衣にはなかった。 氷河も瞬も無言である。が、彼らが言葉を発しなかったのは、跪いている男たちの間をぬって、一人の男が自分たちの方に近付いてくるのに気付いたせいだった。 男は跪いている男たちより一まわり小柄で色が白く、一目で贅沢なものとわかる紺色の長衣を身にまとっていた。栗色の長い髪を背中で一つにまとめている。歳の頃は30を少し越えた程度。跪いている男たちとは異なり、聡明そうな面差しには微笑がたたえられていた。 氷河たちの前までくると、彼は膝はつかず、だが深い礼をした。そして、何事かを話しかけてくる。もちろんその言葉は絵梨衣には理解できるものではなかったし、それは氷河たちも同様のようだった。男も言葉が通じると期待してはいなかったらしく、更なるコミュニケーションを試みるようなことはしなかった。 彼は、手に、直径5センチほどの銀色の球体を持っていた。手の平で転がすようにして、彼がその球体のあちこちに触れると、まもなく、絵梨衣たちの頭上に白く大きな物体がどこからともなく飛来してきた。それは、一見して、翼しかないジェット機のようだった。中央部分だけが丸みを帯びて膨らんでいる。 「すごい…。エジプトかヒッタイトの壁画の有翼円盤みたい…」 「感心してる場合か。あのでかい図体で垂直着陸するぞ。動力は何なんだ、いったい」 あっけにとられている氷河たちの前に、有翼円盤は砂埃をあげて着陸した。翼の部分が道の両脇にあったレンガの山を音をたてて押し潰す。 「もしかして、これ、宇宙船? この人たち、宇宙人なの?」 「そうは見えないな。スラブとアーリアの入り混じったような顔をしている」 男が再び手の平の球に指を這わせる。すると有翼円盤の中央の球状部分の下に、ぽっかりと出入口らしきものが現れた。男が腰を低くして、氷河たちにその入口を指し示す。どうやら『乗れ』と言っているらしい。 「…どうしよう……氷河…」 「う…宇宙人だったら、宇宙に連れてかれちゃうわよっ!」 絵梨衣は、巨大な円盤に仰天して、すっかり"ここは異世界"説を放棄してしまっていた。 だが、いずれにせよ、彼らに選択の余地はなかったのである。ただ一つ示されている道を、絵梨衣たちは選びとるしかなかった。 |