氷河は初めから、そして、いつまで経っても、その男が気に入らなかった。 決して醜いわけではない。姿形の美醜を問題にするのなら、彼の従えている男たちの方がはるかに粗野で、むしろその男は繊細な造作をしているくらいだった。愚鈍にも見えないし、どちらかといえば怜悧な印象が強い。 だが、それでも、その男の一挙手一投足が妙に氷河の鼻についてならなかった。気に入らない人間は、しばらくすると気にならなくなるのが常の氷河にしては、これは非常に珍しいことだった。 そして、氷河が彼に抱いた不快感は、意思の力で消し去ることのできる種類のものでもなかった。これはもう、どうしようもないことである。氷河にできるのはただ、その感情を態度に出さないように、自分を戒め律することだけだった。 だが、この先――この男の導く先には、何か良くないことが待ち受けているに違いないという予感は、どうしても胸中から拭い去ることができなかった。 有翼円盤の内側には、白い光が溢れていた。窓はなかったが、周りの風景を映し出すパネルが壁に八面あって、その中の一面に、ついさっきまで氷河たちがいた廃墟の一部が映しだされていた。船内はいくつかの区画に別れているらしく、氷河たちの後に続いて円盤に乗り込んだマッチョな男たちは、他の区画に入ったのか、いつのまにか姿が消えていた。船内を明るく照らしてしている光源がどこにあるのか、そして、この船の動力源が何なのか、氷河には皆目見当がつかなかった。 氷河たちが案内された50平方メートルほどの四角い部屋には、飛行のための什器類は全く見当たらなかった。代わりに、大きな木の幹をくり抜いて作ったらしい長椅子が五、六脚、部屋の壁際に置いてあり、男は、そこに座るよう、氷河たちに手で示した。それは、これほどのマシンの中に置くにしては、アンティークに過ぎる椅子で、氷河は、例の男たちの武器を見た時と同じ違和感を覚えた。最先端の科学と原始の文明の同居――そんな感じなのだ。 勧められた椅子に氷河たちが腰を降ろすと、その男はまた、手の中で銀色の球を弄んだ。 途端に、浮遊感が氷河たちを襲う。有翼円盤が、着陸した時と同様、垂直発進しているに違いない。 「やっぱり、異世界人より宇宙人かな」 氷河が独りごちると、絵梨衣は恨みがましげな視線を氷河に投げてきた。彼女が何を不満に思ってそんな目をするのかは、氷河にはすぐわかった。だが、なぜ、宇宙人は駄目で異世界人ならいいのかが、氷河には理解できなかった。 (女の考えることはわからんなー) "わからないこと"は、無理にわかる必要もないことに思えたので、氷河は彼女の視線を無視することにした。代わりに、彼は船室の壁にあるパネルを見上げた。 パネルの中で廃墟は少しずつ小さくなり、砂漠がその大部分を占めるようになる。やがてパネルの端に、今朝まで氷河たちがいた森が映し出され、その森も徐々に小さくなっていった。 船は更に高度を増したらしい。 そうして氷河は、自分たちが昨晩を一つの島の中で過ごしたことを知ったのである。一塊の緑と死んだ町。それ以外はすべて薄茶色の地面しかない寂しい島。周りの海の青が鮮やかな分、その島の不毛さが際立って見える。 この船がもっと高いところまで上がってくれれば、あの島が地球のどういう位置にあったのかがわかるだろう――と思った途端、彼の身体は浮遊感を感じなくなった。船が上昇をやめ、水平方向への移動を開始したらしい。 いったい自分たちはこれからどこへ運ばれるのか。それは、彼らをこの船に招き入れた男しか知らないことである。尋ねてみても答えは得られないだろうと思いはしたが、氷河はその男に視線を移した。 途端に、ひどく不愉快になる。 男は、瞬を見ていた。部屋の入口に立ったまま、彼は、長椅子に腰掛けている瞬を、まるで舐めまわすようにじろじろと観察していた。 その視線を感じているせいだろう。瞬が居心地悪そうに、瞬きを繰り返している。 「おい、おっさん! てめー、何をじろじろ見てやがるんだよ!」 言葉が通じないということを失念したわけではないのだが、黙っていることもできなくて、氷河は男を怒鳴りつけた。 男が、何を言われたのかわからない様子で、微笑を返してよこす。 「氷河…!」 瞬が慌てて氷河の腕を引く。だが、氷河は黙るつもりはなかった。だというのに彼が言葉を続けることができなかったのは、瞬の隣の椅子に座っていた絵梨衣のせいだった。 「言ったって通じないんだから、やめなさいよ! あの人きっと、雪代くんがあんまり綺麗だから、男か女かわかんないでるのよ。仕方ないんじゃない?」 言われて、瞬がすっと顔を伏せる。 氷河は一瞬戸惑い、それから乱暴に長椅子に腰を降ろした。 「男のくせにスカートはいてるような奴が、そーゆーことにこだわるわけか? えらく生意気じゃねーか!」 吐き出すように言う氷河を見やり、絵梨衣が肩をすくめる。 それきり氷河が黙ってしまったため、それからずっと船内には気まずい空気が漂い続けることになった。 |