それは、高生加早雪の最後の秋だった。 「ママ、空が赤くなってきたよ。お散歩の時間だよ。今日も僕の小学校まで行くんだよ。昨日、約束したよね」 「氷河は、小学校がお気に入りね。今から何度も行ってると、入学してから飽きちゃうぞ」 「僕、飽きないもーん」 氷河に手を引かれて玄関から庭に出た僕は、斜めに横切る秋の夕暮れの日射しに目を細めた。夏の間、氷河と水遊びをした庭のあちこちから、夜を待てないせっかちな秋の虫の鳴き声が、途切れ途切れに聞こえてくる。 少しでも長い時間を氷河と過ごしていたかったから、『あいうえお』は僕が教えると基臣さんに言い張って、僕は氷河を幼稚園に通わせなかった。夕方の散歩は僕と氷河の日課で、よほどのことがない限り欠かしたことがない。氷河は雨の日は雨を喜び、雪の日は雪を喜んで、外に出たがったから。 最近の氷河のお気に入りは土の校庭のある小学校で、家から歩いて20分くらいのところにあった。道順をすっかり覚えてしまった氷河の後を追いかけて、小学校の近所の小さなアパートの横を通った時、僕は――僕に出会った。 アパートの横の小さな児童公園で、僕は一人でブランコに乗っていた。 他に人気のない公園に、虫の音より小さな僕の歌声が響いている。 近所に住んでいることはわかっていた。今まで会わずにいたのが不思議なくらいだった。 父が亡くなった後、幼稚園から帰ると僕はいつもあのブランコに乗り、一人で母の帰りを待っていた。日が暮れるまで待って、それでも母が帰宅してこない時は、一人で部屋の鍵を開けるんだ。 「ママ、どーしたの。あの子、知ってる子?」 児童公園の横で立ち止まったまま、いつまでもよその家の子を見詰めている僕を不審がって、氷河が僕の手を握る。 僕は、その暖かく小さな手を強く握りかえした。 「なんでもないの。あの子、ひとりぽっちなのかなぁって思っただけ」 「ふうん」 まだ孤独の意味も知らず、寂しいという感情も経験したことのない氷河は、僕の言葉を聞くと、一人でブランコに乗っている自分と同じ年頃の子供に視線を巡らした。 散歩から帰宅した僕が、走って家に戻ろうとする氷河を追いかけて庭で転び、病院に担ぎこまれたのはその日のことだった。 |