(ふっ、かかったな)
ディアッカの思惑は的中した。

熱々うどんを食べているクルーゼのマスクの目の部分が、湯気のせいで白く曇ってくる。
冬場のラーメン屋でよく見られる、あの現象である。

「それじゃあ、周りが見えなくて食べにくいでしょう。マスクを外した方がよくありませんか、隊長」
ディアッカは、親切面でクルーゼに忠告した。
が、クルーゼはそのマスクを外そうとはしない。
「なに、気遣いは無用だよ。私はこういうことには慣れているのでね」
クルーゼはそう言うが、どう見ても、今の彼の視界は、闇夜のカラスならぬ雪原の白ウサギ。視界ゼロメートル状態のはずである。

無論、ディアッカは、この程度のことで簡単にクルーゼの仮面を剥がすことができるなどと、甘いことを考えてはいなかった。
彼は、ぬかりなく次の手段を用意していたのである。

すなわち。
軍服のポケットから、すちゃっ☆ と七味唐辛子のビンを取り出すと、ディアッカは、視界不良のクルーゼの目を盗み、彼の土鍋の中にごっそりと赤い粉末をぶちまけたのである。

「おや? 急にうどんが辛くなったような気がするが……」
「あー、これは、なみだうどんと言うんですよ。涙が出るほど辛くて美味いと評判のレシピでして」
「ほう。なみだうどん、ね」

クルーゼは、ディアッカの説明を信じているのかいないのか──。
それも、この際は問題ではない。
大事なのは、クルーゼがそれでも──額に汗し、マスクの隙間から滂沱の涙を流しつつも──、はふはふ、あちあち、ずるずると、激辛なみだうどんを食べ続けたということだった。

そして、
「マスクを外した方がいいんじゃないですか。蒸れるでしょう」
とおためごかしを口にしつつ、その実、内心では、
(てか、こんなもん、よく食えるな。汁が真っ赤じゃないか)
と呆れているディアッカの前で、クルーゼが、その超激辛うどんを綺麗に平らげてしまったことだったりするのである。

空になった鍋焼きうどんの器を見せられたディアッカは、驚くより先に、不審感に支配された。
あの真紅に染まったうどんの汁は、見た目ほどには辛くなかったのだろうかと訝ったディアッカは、試しに、自分のうどんの鍋にも激辛唐辛子を振りかけてみた。
クルーゼが飲み干したそれと同程度に赤く染まったうどんの汁に嫌な予感を覚えながら、それでもディアッカは、その無謀に挑戦したのである。
ほんの一口だけ。

そして、その5秒後。
大怪獣ガメラのごとく口から火を吹き、咆哮とも悲鳴ともつかない声を辺りに響かせて、ディアッカはその場にブっ倒れた。
真紅の鍋焼きうどんは、アークエンジェルの主砲ローエングリン225センチ2連装甲エネルギー収束火線砲が優しいそよ風に感じられるほどに強烈な破壊力を有していたのである。

「こ……これを全て食いきるとはおとこだ……! 変態でもおとこだ……!」

それが、ディアッカ・エルスマンの最期の言葉だった。






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