「両親に愛され、望まれて生を受け、多くの才能と、おそらく叶えられるだろう夢を持ち、善良で素直で、とどめに寛大だと……!」 ニコルの姿が消えたヴェサリウスの私室で、クルーゼは吐き出すように呟いた。 彼が、戦火を逃れて中立国にでも逃げ込み、偽りの平和の中で安穏と暮らしているような人間だったなら、その善良で寛大な人間を軽蔑することも、駒の一つとして利用することも、クルーゼには、易々としてのけることができただろう。 毫ほどのためらいも感じずに。 だが、彼は、志願して自身の嫌う戦いの中に身を投じてきた。 ニコルは、クルーゼには理解できない種類の人間だった。 保身や利害のために動かせない──動かない──人間。 そして、人間は、自らに理解できないものを恐れ、惹かれるようにできている。 自分とは違う、自分には持ち得ない何かを持った未知のものに向かって惹きつけられる──それは“存在への飢え”とでも言うべきものなのだろう。 クルーゼは、自身の中にふと湧いてきたその奇妙な感覚を、だが、すぐに振り払った。 今は、そんなものにかかずらっていていい時ではない。 彼の戦いは、続いているのだ。 しかも、それは、長く続くだろう。 「やはり、敵や手駒は軽蔑できる相手がいい。善良で優しい人間など、私の周りにはいらん」 不用意にそんな感情に関わり合うと、それは戦うことの足枷になり、場合によっては命取りにもなる。 「傲慢で、自分のことしか考えていないような愚かな人間なら、死んでも惜しくはないからな」 クルーゼは、脳裡に、そういう人間たちを想起して、口許に薄い笑みを刻んだ。 それなのに──。 次の戦闘で死んだのは、おそらく、彼の手駒の中で最も善良で優しい人間だった。 |