「褒めてもらっても、どうにもならない。私は、自分も世界も、もう見限っている」
「褒めてもらえなかったから、拗ねているんですか。自分が最高でなかったから……いちばんでなかったから」

拗ねているのはニコルの方──に見えた。
そうではないことを、クルーゼは知っていたが。

「私は、そこまでの贅沢は言わない。そうだな……普通でよかったんだ。普通の人間で。それが叶わなかった」
「…………」

それまでクルーゼの肩に額を押しつけるようにして、クルーゼから目を逸らしていたニコルが、彼のその呟きを聞いて、俯かせていた顔をあげる。
それから、ニコルは、再び切なげに瞼を伏せた。

「隊長は……優しすぎるんです」
「おかしなことを言うものだな。おまえは、私がどんな人間で、何をしているのかを知っているはずだ」

「知っています。隊長が、この世界の痛みを全部自分のものみたいに感じて、人間の辛さを全部ひとりで引き受けているみたいに生きていること」
「……なに?」

ニコルの言葉に、クルーゼは一瞬呆けた。
そして、実に好意的な彼の見方とその言葉とを、『ものは言いようだな』と笑い飛ばそうとした。
そうする隙を、ニコルは、クルーゼに与えようとはしなかったが。

「闘いをやめられない人間の愚かさも、そのせいで破滅に向かっていく世界も、そんなものは放っておけばいいんです。隊長は、自分のことだけ考えていればいいの。そして、もっと自分を愛してあげればいいんです」

それは、自分に課せられた宿命の辛さだけに囚われて、人と人のいる世界を滅ぼそうとしている男に言うべき台詞ではない。
が、クルーゼは、そんなことよりも、そんな言葉がニコルの口から出てきたことの方に驚いた。
「おまえがそんなことを言うことがあろうとは思ってもいなかった」

「僕は今、隊長のためだけに存在しているから、隊長のことしか考えないんです」
「…………」

ニコルはこんなことを言う子だったろうか──?
クルーゼは訝った。
生前のニコルの印象は、ひたすらに我を通したがる仲間たちの間にひっそりと咲いている花のように控えめなものだったが、いつも穏やかで、他者への思い遣りにあふれ、その態度は人間全般に対して公平であったように思う。

それが、『自分のことだけを考えろ』とは。
今彼を抱きしめている男以外の人間のことを考えていない──とは。






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