朝食が終わると、イルラ、ウスル、ナイドの三人は明日の招喚式の打合せのために、ナキアと二人の少年を残してどこかへ行ってしまった。ナイドは最初は行きたくなさそうにしていたのだが、
「ちょうどいい子守り役も見つかったことだし、リムシュの抜けた穴を埋める者が必要なんだ」 とウスルに言われ、彼はしぶしぶイルラたちと神殿の奥に消えていった。
「これまでは面倒くさい仕事はリムシュとイルラとウスルがやってくれてて、ナイドは俺とナディンの遊び相手してくれてたんだけどなー」
 憎まれ口ばかりきき合っていた割りに、アルディはナイドが好きらしい。年長組三人が席を外すと、彼は詰まらなそうに口をとがらせた。そして、ナイドを仕事に取られた腹いせ――というのでもないだろうが、彼とナディンは、神殿内を案内すると称してナキアをあちこち引っ張りまわしてくれた。彼等の案内で、ナキアはこの神殿がどういうものでどういう造りになっているのかをおおよそ把握することができたのである。
 レンガ造りの山としか言いようのないジッグラトの上に建つこの神殿は万神殿で、特定の神のためのものではないらしい。七神の神像を祭った神域を中心に、その東側には王とシュメールたちの居住区、北側には会議室、執務室、文書庫等の施設、西側には神殿内で働く者たちの居住区があり、南側はエリドゥの町に向かって開かれた祭儀場。
 シュメールは、国政の指針を決める重要な会議、王族の冠婚葬祭、月例祭及び新年祭、あるいは他の都市の王の任命式や毎朝執り行なわれる官吏たちの宣誓式に際して、神と王と民に歌を奉納するのが第一の仕事ということだった。
 諸都市の王の任免権はエリドゥの王であるバーニと六人のシュメールが有しているが、それは承認権のようなもので、拒否権を行使することは稀だという。
 この神殿王宮で働くのは国中の娘たちの憧れで、中には、娘にせがまれて払える税をわざと払わずに娘を神殿に奉仕に出す親もいるという話だった。実際、神殿内にいる者たちは老若男女を問わず皆活き活きと楽しそうに立ち働いていて、ナキアがナディンたちと回廊を歩いていると、誰もが善意に満ちた明るい笑顔と敬意を二人の少年に向けてきた。それは、この宮殿には不幸な者や悪意のある者はいないのかと、ナキアが訝るほどだった。
 そしてもう一つ、不思議なことがあった。
 この神殿王宮には兵士や武器等、戦うための人や物が全く見当たらなかったのである。
 ナキアが尋ねると、ナディンが例によって例のごとく花のようににっこり微笑って教えてくれた。
「剣はありますよ。ほとんど儀仗と化してますけど。僕たち、他の都市の王が連れてきた騎士たちと余興で打ち合いをすることがありますから。でも、この都には軍隊はないんです。もし――万が一、戦が起こったら、王とシュメールが都を守って戦います。武器は剣じゃなく歌ですけどね。そのためにシュメールはいるんですから」
「……」
 そんなことができるのだろうか――?
 にこにこしながらそう答えるナディンの細い腕を、ナキアは不可解な気持ちで見詰めた。






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