「売女の子! 何もかもおまえのせいだ! おまえがすべての人を不幸にしたんだ!」 上擦った声でナディンをなじりながら、バーニが、家畜を打つための柳の枝で弟を打ちすえていた。 早朝の奥庭には、まだ白い朝靄が残っている。王やシュメールたちは朝の宣誓式に出ているのだろう。バーニの声を聞きつけて止めに入る者は誰もいない。 彼はナディンの身に着けているものを剥ぎとってその体を下草の上に転がし、背中や腹を繰り返し打っていた。衣服を身に着ければ人目につかないところばかりを集中して。 それは母の苦しみを贖わせるためというより、彼自身が無力な子供を痛めつける行為を楽しんでいるようにしか見えなかった。 ナディンの白い背中の幾筋もの傷跡の中には赤い血を滴らせているものもある。 柳の枝が振り下ろされるたびに洩れるナディンの悲鳴は、まるで自分の命を諦めた秋の虫の鳴き声のように微かだった。ナディンは悲鳴を喉の奥に押し戻そうとして、歯を食いしばっている。 ナディンが大声で泣き叫び、誰かに助けを求めない訳が、ナキアにはわからなかった。 朝靄が晴れる頃、バーニは遊び飽きた玩具を放り投げるようにナディンをその場に打ち捨てて、東の建物の方にすたすたと歩いていってしまった。 兄の足音が遠くなって初めて、ナディンが嗚咽を洩らしだす。 「痛いよぉ…お母様、痛いよぉ…」 朝露の残る草の上で丸くなり、ナディンは母に救いの手を求めて泣いていた。仰向けになってもうつ伏せになっても傷口が草に触れると鋭痛が走るらしく、体を動かすこと自体を恐れて全身を堅く強張らせている。 いくら泣いても、ナディンの許に母の優しい手は差しのべられてはこなかった。 晴れあがった青い空の下で雲雀が鳴く頃になると、ナディンはやっと体を起こした。そろそろと体を動かし、脇に投げ捨てられていた青い短衣を、痛みに顔を歪めながら身に着ける。 しゃくりあげながら立ちあがったナディンは、猟師に追い詰められた小鹿よりも哀しい目をして、父と兄のいる東の居住区を眺めやった。 また新しい涙が零れ落ちそうになるのをこらえ、そのまま庭の奥に分け入る。その先にはほとんど忘れられた細い階段があった。その下にはジッグラトを支える黄褐色の大地があり、その向こうにはナディンが母シェルアと暮らしていたエリドゥの町並みがある。 優しかった母の手はもう望めないにしても、母の思い出が残る小さな家が自分を癒してくれるかもしれないと考えたのだろうか。ナディンはよろめく足で、数百段はあるレンガの階段を恐る恐る下り始めた。 母と暮らしていた家に、既に他の家族が移り住んでいることも知らずに。 (ナディン…! どうしてお父さんに言わないの! シュメールはいったい何をしているの! 冷酷な人の心に優しさを吹き込むのがシュメールの仕事でしょう!) ナキアがどれほど憤っても、過去は変えられない。 |