タカギ君、誕生日のごちそうを作る
〜ネパール人の食卓〜


●ネパール人は一日何回ご飯を食べるのか?
むかし、プルニマ通信の読者から「ネパールの典型的な『朝ごはん』は何ですか?」という質問を受けたことがある。ネパール人は基本的に一日2食だが、これに朝夕2回のカジャ(ちょっとしたおやつ)が加わるので、計4食ということになるだろうか。 朝ごはん?としてつまむものは、ホストファミリーの例では、シエロかマルパ(甘い揚げ菓子)、時々パウロティ(食パン)と決まっています。これを甘いミルクティーと一緒にいただきます。朝ごはんをしっかり食べる習慣はないと思ってください。
典型的なネパール人の朝はとても早い。5時から6時には起床、ここで一度、お茶とお菓子をつまむ。そして一仕事。午後11時ごろ早めの昼ごはん。午後3時から4時ごろに再びカジャ。昼のカジャにはモモを食べたり、バジ(干したお米)・タルカリなどを食べたりする。そして夜8時ごろ、夕ごはん。就寝は10時ごろとなる。


●ネパール人の日常の食卓

一般にネパール人の日常の食生活は質素だ。その家の経済状況にもよるが、食卓に毎日肉がのぼるタカギ君のホストファミリーは、かなりリッチみたい。その日に食べる食材はその日に買って使いきる。冷蔵庫のない家がほとんどだから、野菜なども毎日新鮮なものをバザールで買い求める。
ご飯、ダルスープ、本日のタルカリ、バフ肉で一品、アチャールというのが、うちの定番。一般に「本日のタルカリ」は、その時期に旬で、一番安い野菜を使って作られる。しかし、いくら安いと言っても限度があるだろ普通。ひどいときは、朝晩1週間近くも「おんなじ野菜のタルカリ」を食べさせられたんだよー。
いつか自分がこの家で料理を作るようなことがあったら、とびきり旨いものを作ってやるんだ。腰ぬかすなよ……とタカギ君は独りごちながら「本日のタルカリ」を噛みしだいていたのでした。


●タカギ君 ネパールで初めて料理を作る
去る10月某日。この日は、タカギ君の二十数回目の「ジャンマ・ディン(誕生日)」でした。前々から、学校が休みになったら夕食を作ってあげるね、とピーターと約束していたタカギ君は、自分の誕生日に日本料理を作って皆にふるまおうと決意したのでした。
この日は朝から具合が悪く(後に肝炎と分かる病に冒されはじめていた)、一時はどうなることかと案じられたものの、なんとか気力で回復し、無事に夕食作りという大役をこなすことができました。これは第一に評価すべき点でしょう。たかが「おさんどん」とあなどるなかれ。なんたって一度に12人分(実際にできた量はどう見ても15人分はあった)ですよ。タカギ君は改めて、大家族であることを意識したことです。

この日のメニューは「ゴーヤチャンプルー」「空芯菜タルカリ」「ムラコ・アチャール」の三品。(「OH! カネクラハル」でレシピを紹介しています)ゴーヤチャンプルーのレシピを日本の友達から送ってもらったこともあり、タカギ君は、がぜん張り切ったのでした。「よっしゃ、正統派ゴーヤチャンプルー食わせたるわい!」と、こちらに来てから初めて、バザールでのお買い物に繰り出したのでした。

……と、その時ふとよぎる疑問

「ネパールで、正統派ゴーヤチャンプルーなんてつくれんのか?」
「正統派ゴーヤチャンプルーはネパール人の口にあうのか?」
「そもそも正統派であることの意味はあるのか?」


●バザールでの初お買い物 
まずは買い物。タカギ君はこの時ホームステイをしていて、自分で料理をすることが、まったくなかったので、バザールで買い物をしたのも初めてのことだったのです。山ほどの野菜と、700gの鶏肉(ニワトリ3分の2)を買ったのに、全部で200Rs.ほどであったのは驚くべきことでした。これは400円しないということですよ。これにご飯とダルスープの原価を足しても、15人分の食材費が500円しないわけだから、いかにネパールでは食材の相場が安いかがわかっていただけるでしょう。
しかし、普段の買い物はもっと質素です。タカギ君は買い物が嬉しくってバカみたいに沢山の種類と量を買ってしまいましたが、ネパールでは、その日食べる分を適度な量だけかって、その日のうちに食べきってしまうのがスタイル。肉もめったに鶏肉なんか食べません。鶏肉は一番高価。いつもは水牛の肉を食べています。


●買い物で苦労したこと・1
買い物で苦労した点は、「大きくて緑色をしたニガウリ」がなかなか見つからなかったことです。なぜか店のサウジーに薦められるのは「白くて小さいニガウリ」ばかり。ここでタカギ君は首をひねる。「これらの野菜は成長してもこれ以上大きくもならないし、緑にもならない種類なのか?」はたまた「成長を待たず、とっとと収穫してしまったのか?」タカギ君はおもった。「やっぱ、正統派ゴーヤチャンプルーって、緑色したニガウリで作った方がいいん、だよ、ねぇ……」(後に妥協案として小さくて緑色のニガウリをかった)


●買い物で苦労しこと・2
次に苦労した点は、「ホストファミリーは豚肉が食べられない。よって、代替肉として鶏肉を使う。しかし、部位は指定できない」ことであった。ゴーヤチャンプルーはポーク缶詰めで作るのが正統派ならば、この時点ですでに邪道。しかし、水牛の肉で作る気にはなれない。何たって、今日はハレの日なんですもの。ここはひとつ奮発したいところだ。
部位は「ささ身」と指定したいけど、そういう買い方はここではできない。「700gの鶏肉」の内訳は足だったり、頭だったり、ももだったり、ムネだったりするのだ。買い物しながら、完成予想図がどんどん変更されてゆく。正統派にはほど遠い。


●さて、料理に取りかかったのですが、、、
買い物から帰ってきてチャーで一息ついた後、さっそく下ごしらえに入る。下ごしらえだけで1時間半もかかってしまった。
とにかく今回は使う食材が多かったので、肉をさばいたり(骨を取り除く)、野菜を切ったりがもう大仕事。11種類もの野菜を使うなんて、普段の食事では考えられない。いつもは多くても5〜6種類だから。自分でやってても、これはごちそうだ、こんなのレストランでもなかなか食べれない、と思ったことです。
アチャールと空芯菜タルカリに関しては、以前に友達の家で作ったことがあったので、自信があったものの、ゴーヤチャンプルーの仕上がりがどうなるかが唯一の心配でした。事前に正しいレシピを教えてもらっていたものの、食材の関係でその通り作ることは難しく、また、その通り作ってでき上がったとしても家族に喜んでもらえるかどうか自信がなかったので、ここはひとつ思いっ切りアレンジすることに。


●どんなアレンジをしたかというと
鶏肉が入ることで、すでに「邪道」を歩みはじめていたわけだけれど、さらにターメリックを入れたことで、完全に「正統派」とは決別。しかし、これもやむをえまい。ターメリックの入らないタルカリなんて、ピュアネパーリーにとうてい受け入れてもらえるとは思えない。ターメリックを使うと、食材に一様に黄色い色が染み込んでしまうので、ゴーヤの緑とか、タマゴの黄色とか、豆腐の白が映えなくなってしまう。しかし、ネパールの家庭料理は「マサラ入り煮込み料理」が中心なため、どうしても野菜本来の色合いはなくなってしまうのですね。どうやらあのターメリックの黄色が、彼らの食欲をそそる色でもあるみたいなんですよ。この際、色によって美しく、おいしそうにということはあまり考えるのはよそう。


●さて、運命の試食が始まった。

その日は珍しく、仕事の帰りが遅かったお兄さん1人をのぞいた他10人が一度にキッチンに集まった。一緒に手伝ってくれた日本人の友達を入れて、総勢11人でわいわいやりながらご飯を食べました。
みんな「こんなタルカリは初めて食べた、新しい味だ」と言ってくれましたよ。実際、この家で「トウフ料理」といえば、さいの目に切ったトウフを油で揚げて、揚豆腐状態にしたものをトマトと一緒に煮込むものしか食べたことがない。この日のホストファミリーは、姿形は違っても、「揚げていないトウフ」を食べるという貴重な体験をしたことになるのだ。


●食の伝道師タカギ君の自答

そこで、タカギ君はバザールの道すがら思った疑問について自答したのだった。

「ネパールで、正統派ゴーヤチャンプルーなんてつくれんのか?
……作れるけど、ここはレストランじゃないし、正統派でなくてもいいんだ。」
「正統派ゴーヤチャンプルーはネパール人の口にあうのか?
……きっとあわなかったと思うから、【カトマンズ風】でよかったんだ。」
「そもそも正統派であることの意味はあるのか?
……家庭料理である以上、家族が喜んでくれることが一番。これでいいのだ。」

そしてその晩、タカギ君は深い達成感と心地よい疲労感の中で眠りについたのでした。
……で、翌日から安心して肝炎になった、というわけ。

今じゃ気ままな独り暮らしだから、なんでも好きなもの食べられて幸せよ。
やっぱ旨いものと暖かい布団があったら、どこででも生きていけるわね。