コラムというより、日記的な意味合いで、日々感じたことを記します。 ![]()
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◇ROCKは生で観たいですね 小川銀次(RCサクセション)の生サイン追加してたりして(笑)
□銀ちゃん(on DVD)と、ギター観
◇果たしてこれは良かったのか、悪かったのか!?
□「2001年楽器フェア」に行ってきました
◇F AMP(F50-112)まで買ってしまうとは!?
□Fender の tweed case 購入記
◇夢のような一夜 小川銀次OFC主催「ファンの集い」 (2002.10.18 at 御茶ノ水) ![]()
3回目のお付き合い (?) にも関わらず、舞い上がってしまった「ファンの集い」
18時30分、OFC の中心メンバー (?) である、会長の田村さん、歩くデータベース(後にその座を女史に譲ることになるが)こと宮川さん、なんとその昔に、銀次さんとバスの車内で縄張り争いをしていたという福島さん、そして、なぜかストーカー2号を拝命した赤羽が、御茶ノ水駅前で落ち合う。歩きたばこが出来なくなった千代田区では、みんな同時に集まらないと、手持ちぶさになる。で、オチはあるのかというと、つくしさんからすれば、グレー、グレー、紺の三人組は、あまりに駅前の風景に溶け込み過ぎており、次回はもう少し目立つ格好をして来いと。サラリーマンに無理言うなっちゅうの(苦笑)。ホントのところは、下打合せをするはずだったのだが… 会場に向かう。会長、ここでは、フェミニストぶりを発揮 !!!!!!!
会場には三々五々と、本日の参加者が集合し、最後に主賓夫妻 (なんとご本人はオーバーオール姿。「やっぱり、アレかな」という感じだったそうです(感謝)) の入場となったところで、ご指名にあずかり、赤羽の乾杯の音頭となる。まぁ、実際に参加したみなさまは、乾杯の音頭に漕ぎ付くまでの紆余曲折について、詳しく述べよ !! と言う方もいらっしゃるかもしれませんが、そこはご容赦を。
続いて自己紹介タイム。「最初に銀次さんを観たのは?」をキーワードにして、各自挨拶していくものの、茶々入れが多く、ちゃんと出来たのは、かおりちゃんくらいか? 髭を生やし始めた時期についての論争、都内や学園祭での Live の様子、CROSSWIND 以外での活動の様子など、「現在」より「昔」の、コアでなければわからない… 逆に言えば、この場に居ない方には ???? な話題で盛り上がる。さすがに、みなさん、銀次さんが大好きだ!! というだけあって、昔のことをよく知ってらっしゃる。素晴らしい。赤羽は、まだまだ子供でした。ちなみに、ほぼ全員が CROSSWIND 時代を体験してる。。。。なんと、平均年齢の高い「ファンの集い」であることか。でも、みんな、待ってたんだよね、この日が来ることを !!!!! 一番の衝撃発言は、音楽に触れる(惚れる)前に「写真に惚れてしまった!!!」の一言でしょう。そんなこんなで、感動で舞い上がった二時間はアっと言う間に過ぎ、福島さん渾身の選択による、プレゼント・タイム。ハート型のお鍋と、アントニオ猪木の超リアルな人形でした。我々はなんとお祝い返し(お土産)をいただくことに。「そして夢の国へ」期のステッカーと、出来上がったばかりの NACK5 のフライヤーを全員がいただきました。感謝 !!!!!
このあと、主賓帯同の二次会もありましたし、いつものメンバーはその後も盛り上がって飲んでいたわけではございますが、「ファンの集い」の話はここまで。書き足らないんじゃない ? と思う方もいるでしょう。でも、それはそれ、珠玉の時間を体験した人だけで封印しておきたいことってあるじゃないですか。そんな感じです。参加のみなさん、お疲れさま。そして、ありがとうございました。みんなの気持ちは一緒だと思ってます。
銀ちゃんは、いつまでも我々ファンのヒーローです。そう、酒を飲むときは身近で気さくな銀ちゃん。しかし、ひとたびギターを持ってステージに上がればスーパーマンの銀ちゃん。人間くさいっていうと泥臭いかもしれないけれど、かいま見せる、やさしい眼差しにひきこまれていった、夢のような一夜だったのでした。貴重な機会をありがとうございました。




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Fender の tweed guitar case(Japan製だけど、銀ちゃんとおそろかも?)を買ったぞぉの巻
ひさびさにコラムの更新だ。いや、実は、昨年から、ネット・オークションに凝っている。Yahoo! オークション である。売り・買い両方やっており、扱っているものは、楽器類・楽譜・CD などなど。評価も 40 まできており、結構、買ったり、売ったりをしているんだな!? と、自分でも驚き。でもね、オークションの存在って、評価出来ると思う。もう使えないと思っていたものでも、必要な人には必要なのだ。たとえば、ジムカーナのアナウンスで使用していた、オーディオ・テクニカのワイヤレス(定価3万くらいのを、中古7kで購入)を、3,000円でスタートしたところ、17,000円で落札していただく… BOSS の DC-2(Dimension Chorus)は、2,000円でスタート、16,000円で落札… などなど。けっしてボッタクっているわけではなく、落札していただいたみなさまからは感謝されているのを付け加えておく。俺が落札しているのは、主に、エフェクターや CD などなど。八神純子の「Mr.メトロポリス」とか、山根麻衣の CD 等、マイナーで廃盤なものを、2k〜3k くらいでゲットしている。そうそう、銀ちゃん用にゲットした UE300 は、15,000円のシングル入札だったから、これはラッキーだった。それに、落札してから、痛い目にあったことは無いから、快適なオークション・ライフを送っているのかも。
そして、本題。ところが、欲しいものを落札出来ないこともある。値段的には、リミットを設けているので、それを超えてかっさらわれた場合は、運がなかったとあきらめられる。が、しかし、数百円差で負けると、やっぱり悔しい。前置きが長くなったが、今回がそうなのだ。対象物件は、Duplex のツァー用ギターケース。かなり年代物で、写真で見る限り汚い。俺が最初の入札者で、他に欲しい人いるのかな? とか思いつつ、希望落札価格の2,000円増しで入札しておいた。それを、終了直前に500円差で、かっさわれてしまったのだ。ひさびさに悔しかった。今まで20年近く使ってきた、無名のハードケースを換えられると思ってたのに… ちなみに、15,000円の攻防でした。そこで、購入意欲が萎えないうちに、買いに出かけることにするのが俺流。行く先はお店が密集しているお茶の水。お店がたくさんあるから、ケースの新品・中古ってのもそれなりに店頭にあるわけで見て回るが、さすがにツァーケースってのは、店先にはないものなんだと改めて気がつく。ちなみに、ギグケース系のソフトケースは、アウト・オブ・眼中。どんなに頑強さを売りにしているものでも、うちはトラックで機材運ぶし、ハードケースは最低条件。で、普通のハードケースのうち、ひかれたものは、E.S.P. のケース。外観が普通のハードケースなのだが、中身は型抜きしてあり、Duplex の中身と同じ作り。が、売値28,000円也。その価値は認めるが、それなら、ツァーケースのほうがいいと思った。tweed case の新品は、8掛けで 26,400円也。ん〜ん、ちと(かなり)高いか。安ければ、"ある理由" から、購入候補なのだが。Ibanez(かな?)のポリケースとかも、20kくらいで並んでいるが、いまいち外観がチャチい。んー、無いと思いながらスタスタ歩いて石橋に入る。ここは密かに何かあるんじゃないかと思っているお店。過去にも Rack case とか買ってる。で、はいな、ありました、中古の tweed case。"ある理由" とは、銀ちゃんとお揃いということで、ワナワナっと(笑)。店内の暗い照明の中ではあるが、外観はノー・プロブレム。中を確認してみると、中古というだけあって、弦が当たっていたところに跡があるが、これは使っていれば当然なこと。して、値段は、10,000円。これは "買い" でしょう、新品が売値:26,400円なんだから。と電車で持ち帰ったのでした。当分 これ(写真のせちゃお!)でギターの持ち運びは安泰です。というか、ハードケースは全てフェンダー製となってしまったのでした(1:アメデラ付属の黒ハードケース、2:アメスタ付属のモールドケース、3:tweed case)。後は、Fアンプの持ち運び用に、オークションで出ているメサ・ブギー用のツァーケースをゲット出来るかどうか!? 結果は後ほど発表しますね。ちなみに、今まで使っていたケースは、ジャンク扱い、500円でオークションに出品しておきました。オークションと言うよりは、リサイクルでしょうか!? ちなみに、興味のある方、Yahoo!オークションをよろしくです。fwgc2482 というユーザ名で出ています。
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YAMAHA F50-112 購入記
F50 とは、こいつである。衝動買い! いや、一応あるところを調べて行ったわけだから、そうでもないのかな?
事前に、F50 のことを、銀ちゃんにも聞いてたしな。買値は 29,800円。オークションよりは全然安かった。*
F AMP は、程度に関わらず音さえ出れば、F50-112:4〜5万程度、F100-112:5〜6万程度、F100-212:7〜8万程度と、市場の花形です
* 俺が手に入れた F50 は、ser.4238。程度といえば、ガリもかなり出て中程度であろう。でも、そんなもんは直せばいいわけで、特に問題ではない。とりあえず、スピーカーは、CELESTION
の G12T-75 に交換し、(もしかしたら)銀パネのヤマハSP は、JUGG BOX に換装した。そして、リバーブ・ユニットは取り外すといったところです。まぁ、何にせよ、F
を手に入れて、happy なのでした!!
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「2001年楽器フェア」に行ってきました
遅い夏休みが取得出来たので、10/18〜10/21の4日間、池袋はサンシャインシティにて開催された、楽器フェアに2日間行ってきました。なぜ2日か。銀ちゃんが2日間出演されたことが大きいですが、2日間の入場券が入手出来たから(笑)。1,000円だもの、馬鹿にできないのよ(苦笑)。
さてさて、どれくらいなら盛況なのかわからんけれど、俺的には "空いてるな" と思いました。19日の金曜と、21日の日曜に行ったのですが、まぁ、どうにか動き回れるわけで、ちょっと肩すかしをくった感じ。もちろん、人気のブースとかは 人・人・人… ではありましたが。それに、ミュージシャンに会わなかったのが、すごい不思議。もしかしたら、会ってはいるんだけど、俺が知らなかっただけかもしれませんが(苦笑)。
個人的には、MIDI関係を回るつもりだったんだが、予備知識無しで行ってしまったため、まったくわからず。ん〜ん、ソフト屋さんの前の試奏コーナーとか空いていたのに、残念なことをした。とりあえず、Roland、Yamaha、ソフトウェア屋さんなどのカタログを集めまくる。どれくらい役に立つのかわからないが(苦笑)。
いちよ、全ブースを見て回りましたが、Gibson って、山野楽器にいつなったの? とか、TUNE、Spetor など、出てないメーカーもあるんだな? とか、E.S.P. って、儲かってるんかい? とか、GOTOH のペグって、なんだか凄いじゃん!? とかが印象に残ってます。そして、楽器メーカーって、不景気だっていうのに、意外と元気なんだなぁ、と。一消費者として、この業界にはかなり投資してると自負(苦笑)してますが、それでも、技術の進歩は素晴らしく、良い商品が安く手に入るようになったのだと、集積回路、ソフトウェアの進歩に関心させられました。後は、ニーズの問題です。ん、俺は個性派なんで、なかなか欲しいと思う物がないのですよ(苦笑)。
ブース前では、デモ演奏も頻繁に行われていましたが、俺的には、楽器の個性・品質をアピールして欲しかったと思います。具体的には、デモよりも、商品説明。プレゼンですな。プロはどんな楽器を持とうが、ある程度の音を出してくるので、個人的に参考にはしてません。それよりも、"いい" と思った楽器を買うのです。
欲しいもの追加リスト。置くところも、鳴らすところも無いけれど、マーシャルのスタックタイプ。50W / 1ch で十分だから、一台欲しいかな、やっぱり。5150 のコンボでいっかな、と思ってたけれど、現在、逆転しています(苦笑)。
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2001年9月前半の気分
いろいろありますが、先週(8/30)抜いた三本の歯を抜いた箇所が痛み、今週(9/3〜)は仕事にならんぞ(泣)。芸能人は歯が命… ではないが、一般人にも大事だぞ、っと。ということでもないが、小川銀次情報でも書いておこう(笑)。今週は、復活後自己のバンドで二度目の LIVE である。それまでには体調を直しておかないとイカン。なにせ、打ち上げにも参加出来るようだし(嬉)。ちなみに 六ピ2days である。そして、その銀ちゃんが探している、MAXON の UE300 を、Yahoo! のオークションで、ゲット出来た。ディジマートなんかだと、プレミアがついてしまい、5万 ほどする場合もあるが、今回はラッキーなことに 1.5万 で購入。銀ちゃん指摘の項目をチェックして、結果をメール。銀ちゃん 5台目の UE として、無事納品されることになりました。でも、この時代のエフェクターは、経年変化もあるのだろうけれど、素子のバラつきのせいか、個性があって面白いことがわかった。だって、普通は同じエフェクターのスペアなんて買わないものねぇ。チェックは、所有の UE との比較という形式で実施したのだが、微妙に音色が違うわけだ。どちらがいいという訳ではない。その stomp box の個性なのである。この UE が、どこまで桁があがるかわからんが、その行く末は、銀ちゃんを見守ることで見届けられる !!!???!!!
そして、うれしい知らせもあった。銀ちゃんのブレーンである、shimoさん より、「Inner Wind 2」発掘の知らせが。巷では、小川銀次カルトQ と言われる俺(?)であるが、実は全くそのようなことは無く、ただ、当時の体験の密度が濃い(なんだそりゃ!?)だけで、それも、ただただ、お客さんだっただけで、「そして夢の国へ」以降は、銀ちゃんとの接点も無いわけで。で、抜けた穴は、ポッカリと、でいいと思っていたのだが、やはり、聴いてみたいと思うのも人情。好きだし… オタクかもしれんし(否笑)。「プライベート・ピーセス」だけでは、やはり満足出来なかったのだ(苦笑)。Mr.Algon 曰く、「そして夢の国へ」と並ぶ傑作「Inner Wind 2」の入手予定は、9/8 である。打ち上げで飲み過ぎても、絶対手放さないように(忘れないように)せねば。
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またまた、銀ちゃん(on DVD)とギター観
見つけてしまったぜぇ〜、と、清志郎風に。CD屋巡りは、たまにお宝に出会えることもあって、趣味の一つ(暇つぶし、道楽ともいふ)になっています。で、メインルートは、現住まいの武蔵中原から出発ということもあり、渋谷のTOWER RECORDS→新宿のTOWER RECORDS。ま、大体はここだけで事足りるのですが、というか、十分時間をつぶせるので、他にはなかなか行くことが出来ないのですが、JAZZ系はVIRGINのほうが充実しているかも。それに茶も出来る、ということで、新宿のVIRGINに立ち寄ることもあります。ま、一件に絞ってるというのは、ポイントカードのためともいえますが(苦笑)。前置きが長くなりましたが、5月16日もね、渋谷のTOWERをブラブラと。でだ…
RCのDVDなんて出てたんだ… ふ〜ん、にゃに、80/83だと… ポリグラム株式会社 POCV-1002
83年は、銀ちゃん居なくなってたはずだから興味無いんだけれど、80年は現役だ(キラリ)。
で、棚から出してみると、久保講堂4月5日と… やっぱり、RHAPSODYじゃん。
んで、曲目… ん、「スローバラード」だぁ。注1 RHAPSODYには未収録。9000円のRCコンプリートセットに収録。
この時点で、心の中では「欲しい、欲しい。」
でもね、RHAPSODYというアルバムについては、全くいい印象が無いので、ちょっと引き気味。というのも、梅津というサックスが加入してから、銀ちゃんの出番は減るし、音も小さくミキシングされてるように感じたから(実際、RHAPSODYは耳コピーには使えない)。
話は変わるが、ビートたけしが、RCは4月5日の久保講堂でバケた(ブレイクした)、と言ったらしいが、冗談じゃない。でも、ミキシングがいまいちなわけで、銀ちゃんファンとしては納得できないだけで、久保講堂の
LIVE を否定するわけではない。それなら「化けた!!」も、それでいいのかも。でも、俺の
RC は 4月5日の久保講堂がギリギリの許容範囲だ。当時(というかブレイク前)は地方在住者のため、残念ながら屋根裏時代は知らないが、クリエイションの前座で来た栃木会館の大ホールとか、そのかいあっての栃木会館の小ホール!?
ワンマンコンサートとかは知っている。このときは、俺が知っている限りでは、指向性がロックに変わった時点であり、客が入る入らない、客に受ける受けない、はブレイクポイントとは関係無いと思う。バンド自体が大きく変わったとき、それがポイントじゃない。もっとも、受け手がいてのバンドであるのももっともなことであり、その点で、俺は主観的すぎるきらいもあると思うが、ここは俺のページだ。そして、あながち間違ったことも言っていないはずだ。そうそう、クリエイションは、ヤスオとか包国(このサックスは好きだ。ナルチョとも演ってるし。)が入り、「スピニング・トゥ・ホールド」がNo.2になった時代だと思ったが、前座の銀ちゃんは確実に竹田和夫をクッていた。ま、なんだか、インベーダーギターだか知らんが、クリエイション自体がラリった演奏(本当にやってたんじゃないか)をしていたせいもあるのだが。でも、俺はクリエイションを嫌いじゃないよ。ファーストの「YOU
BETTER FIND OUT」は、商業的に日本のロックの転換期だと思ってるし、パパラルディと組んだ「SECRET
POWER」とか好きだもの。それに、樋口昌之は、現在でもフェバリットドラマーの一人よ、っと。で、このへんも
CD化されてませんな。なんでだろ。ファーストは LP であるんだけれど、ヤスオの「ライン・チーリン」を、ちと聴いてみたいな。買うかどうかは気分次第だが(苦笑)。
話をDVDの感想に戻しましょう。清志郎がメインに写るのは仕方がない。でも、ちゃんと銀ちゃんも写っている。それに(当然)若い。髭は無い。帽子被っとる。オーバーオール着てない(ん、着てなかったんだな。少し意外)。笑っとる。ジャンプしとる。それに、コーラスにまで参加しとる、声は聞こえんけど(笑)。ビデオ版RHAPSODY を見てないので、ビデオと比べることが出来ないが、ちゃんと「小川銀次(クロスウインド)」という字幕も出た。バンドサウンド、アンサンブルの中で、ミキシング上、銀ちゃんの音が必ずしも十分とは言えないが、姿が見えるせいか、それなりのミキシングに思える(不思議だが)ところもグッド。「ブン・ブン・ブン」では、白いストラト(何か見覚えありそ)で、ワォッワォッワォッォォォ(わかって)とフィードバック音をアームのコントロールで、音程を作り出す、フィードバック奏法(なんだろうか)まで聞き取れるし、このとき、既に現在と同じくピックガードをカットしていたのに初めて気づいた。それに、P.U.はシングルコイルだった。銀ちゃんにしては珍しくオリジナルっぽいギターだ。「スローバラード」では、"オーケー、銀次"、の清志郎のMCに続いて"コッカッケ キックーキッ"とフィルインしてくる銀ちゃん。俺、勘違いしてた。イントロも梅津に取られたと思ってたので、だから、ここではMCを聴いて安心して、ドキドキ感倍増。期待に震える。出る、出るぞぉ。ギターはアレンビックなんだけど、なぜかディマジオ風ハムバッカーが2機搭載されている。よく見るとハムキャンセラーのセンターP.U.
の場所の色が変わっており、埋めた後のように見える。ということは、当時貴重だった(ん、今のほうが貴重かな)アレンビックを改造してたんだな、きっと(というわで加筆修正。実はこのアレンビックもどき。銀ちゃんがグレコにオーダーしたギターとのこと。センターP.U.
の穴埋めも仕様とのこと。驚いた。して、グレコが作った、GOシリーズ。Ginji
Ogawa なのかは、現時点で不明である)。バンピーギタリストとしてはもったいないかぎりだ(笑)。と思って銀ちゃん関連をネットサーフィンしていると、Player No.191,1981のショートインタビューで抱いているギターだ、これは。フェンダーのベースマン(かな)の上には、Roland
のスペースエコーと MAXON のアナログエコー(だろう)、足元には CE-1 と空間系エフェクターに囲まれて(01.05.18
0:15追加)。で、繰り出されるフレーズ、トーンに昔を思い出したし、バイオリン奏法、チョーキングビブラートと、ロックギターの王道を織りまぜて上りつめていき、チョーキングにピッキングハーモニクスが連発するころは泣きの極致だ。そんな銀ちゃんに鳥肌立ちました。いや、久しぶりに。昔を思い出しました。惜しむらくは、間奏を梅津に取られちゃったこと(実は梅津が入ってからのRCって記憶の彼方なんで、よく覚えてないんです)。俺はあそこで泣いたんだ、というところでイメージが崩れるのはツラいところ。恐縮ながら銀ちゃんと梅津のソロを比較させていただければ、それは、やさしさの違いかな。梅津は俺を泣かせてくれない。多分、トーンのせいなんだろうな。同じサックスでも、グローバー・ワシントンJr
のように泣かせてくれればいいんだけどねぇ。それとツボにはまるか。RC は基本的にロックなわけで、銀ちゃんはロックギタリストなわけだ。まぁ、ロックギタリストでもツボにはまらない人は居るわけで(俺か)、いちがいには言えないけれども、どうも梅津のソロは
RC のそれに合わない(全然合わないってことじゃなく、一瞬の共鳴点が無いというか。もちろん俺的に。)のだ。まぁ、銀ちゃんのギターは表現力が豊かで、これまたイントネーション豊かだから、目をつぶればいろんなことを思い出させてくれるんだけれども。そんなわけで「雨上がりの夜空に」も出来はいまいち。イントロ、間奏、エンディングと梅津にパートを明け渡しているため、銀ちゃんの出番はといえば、2メロのシングルノートバッキングをオクターブで色分けするくらい。でもね、俺の耳には、梅津の音はカラオケのノンボーカルのように消えて、銀ちゃんのフレーズを俺が奏でているんだ。それでええか。それが俺の銀ちゃんと
RC だし。面白いのは、久保講堂のステージに続いて、画面は83年の武道館へ。オープニングは「雨上がりの夜空に」。お、梅津、2メロのバッキング、そりゃ、銀ちゃんのコピーやんけ。お、ゴンタ2号、そのギターはアレンビックの安いやつ(とは言っても俺には手が出せないが)やないか。お、チャボ、バイオリン奏法出来るんか。きみたち、かな〜り銀ちゃんの影響受けちゃったんだね、と思わず苦笑いしてしまうシーンが続出すること。結論というほどのもんでもありませんが、この
DVD は、「スローバラード」一曲で正解にしましょう。「ようこそ」がしり切れとかはいい。もう銀ちゃんのフレーズはソラで言えるから、って、これってオタクかなぁ。"ギャーギャギャギャギャ、ギャギャギャギャギャ(チョーキングのアップダウン)
コリャコリャコリャコリャ、リャリャリャリャリャリャリャリャ(ハンマリングとプリングオフ)
ウッキャッ、ウッキャッ、ウッキャッ、ウッキャッ。(ダブルノートチョーキング)
キョーキョーキョーキョーキャ〜〜〜〜"って感じ。こりゃ、いよいよ、梅津無し、銀ちゃん入りのRCを聴きたくなってしまったぞ。俺とRCの出会いはNHK
FM。多分、渋谷陽一が司会をしていたスタジオライブ番組。ちゃんと録音したのだけれど、どっかへいってしまった。今度アーカイブセンターが完成したなら、真っ先に探しに行こうと思っている。愛し合ってるかい、で始まる「スローバラード」。クラビネットに銀ちゃんのリフが追いかけてくる「ステップ」。普通のロックンロールやブルースが、あそこまでバケてしまうなんて、やっぱすごいギタリストだったんだなぁ、と再確認しました。俺の耳もまだまだ信じられるようです。この
DVD は、今でも間違いなく存在(売ってる)する、動く20代の銀次ビデオです。コアな方はごらんになってはいかが…
とは言っても、銀ちゃんに印税はいかないのでしょうが。それでは、梅津ファン、ごめんなさい。感性の違いということでお許しください。
で、余談です。最近の銀ちゃんを見てて、SONIC のギターってええなぁ、と。これは仕方ないよね。好きなミュージシャンと同じギターが欲しくなるのは当然の欲求だし。それにカスタムメイドというのは究極の要求に応えてくれるからたまりまへん。特にSONICは小さな会社だけにいい仕事が期待出来そう。このコラムの最初にも書きましたが、就職してすぐ、ESPでカスタムストラトを作りました。値段は忘れちゃったけど、確か30万に限りなく近かったような。神田のお店に出向き、作ってくれる人と木材から選んだ記憶があります。トップのメイプルは虎目。これをシースルーで塗装。バックはマホガニー。ちと叩かせてもらって、ほら、これがいいでしょう、と。ネックはワンピースメイプルに400Rのエボニー指板。ブリッジは、どうだったんだろ?
フロイトローズとかケーラーって無かったんだろか。ESP のフリッカーという2点支持のブリッジをチョイス。ペグはクールソンだ。アセンブリは若気の至りだろうか。バンドのメンバーのひんしゅくをかうことになる、ビルローレンスのシングル形状ハムバッカー。これがパワフルだった。ポット、セレクターもすべて
U.S.A. CRL 社だったかな、のものをチョイス。世の中に一本のギターだし、出てきた音は、それまで所有していた、グレコ、トーカイのストラト
(いずれも8万円クラス)、グレコのレスポール (EG-800)、河合のF1とは違う、また独特の切れのある音。うれしかったなぁ、ちょいイメージとは違ったけど。。。で、そんなに時間を置かずに、EMG
SA へアセンブリ交換となるのだが(苦笑)。とにかく持ちのいいギターで、20年後の現在も元気で活躍しています。そりゃあ、塗装とかはくたびれてきたけれど、まだまだ美しいし、それはまた年月の経過無くしては語れない、渋さかもしれん。で、SONIC。今ではギターは道具という感がある。もちろん、愛が無くなったわけではないし、愛情を込めないとギターも応えてはくれない。そりゃ、当然だ。でもでも、ステージで愛情込められるのは、せいぜい今使ってる12万クラスまでかなぁ。この12万というのは、俺の20代の頃のフェンダーの値段と、国産メーカーの同等品の値段が布石になってるわけで、特に基準があるわけじゃありまへん。8万×1.5くらいが妥当かな、と。でも、それ以上は工芸品と思う。なんか、ステージじゃ使いづらいというか、愛するにも遠慮が入るというか。要するにギタリストとの釣り合いなのかな(自爆)。もちろん、いいギターはいい音がするし、使いやすいのもわかるんだけれど、その差はわずかではないかと。そんなわけで、アメリカンデラックスも製造中止になってしまったようだし、また同じような使い勝手のいいギターの登場を待ちましょう。白状しますが、フェンダーU.S.A.
にこだわるのは、子供の頃の本物志向です。特に意味はないんです。いつかはクラウンと同じで(!?)、いつかはフェンダーと思ってましたので、ただそれだけなんです。だから、フェンダー・ジャパン
じゃイケないのです。突っ込まないでくださいね(またまた自爆)。ただ、他のメーカーより当たり外れは少ないかと。たった2本でフェンダーを語るなと言われそうですが、2本とも満足度は80%を優に超えてます。これは評価に値するかと。レスポール
は体型的にうけつけません。好きなんだけど、弾いてると肩が凝るんです。そんなわけで、もうかれこれ17〜8年、手にもしてません。同じ理由で河合の
F1。こいつも練習用です。今はどうしても欲しいギターというのはありません。とはいっても、いろいろ見てると食指が動くのは人情ですが。工芸品としての一品は、BC.Rich
の Eagle guitar かな。もちろんスルーネックの一番高いヤツ。マホガニーとかコアとか、いい材木が世界的に不足とのことなんで、中古を狙いたいところ。こいつに憧れて
F1 を買っただけに、フェンダーU.S.A. のような憧れがあります。でも、重そうだなぁ。もう一本は、テレキャスターシェイプのギター。ただし、元ハードロックギタリストなんで、純粋なテレキャスに対しては興味無し。ハムバッカーが2機搭載されてたりする、MOON
とかのテレキャスには興味津々。多分ベック先生の影響なんでしょうが。でも、これは、かなりプライオリティ低いです。ストラトがありますから。話がバンバン飛びますが、今ホントに欲しいのはエフェクター。LEXICON の PCM-80 (or 70) が欲しいです。でも、高いけど。売ってるときに買っときゃええのになぁ。まるで今探している
CD のようですわ(苦笑)。でもそのうち、RolandのRE-201(301) みたく中古市場に溢れ出るものと期待しています。で、どんどん話はズレ、いつかおっきなうちに住めるようになったら、ドラムセットを買うと。モデルは絶対ヤマハのレコーディングカスタム。俺のこだわりは、上のヘッドと下のヘッドが貫通ボルトでつながってるタイプ(わかってください)。20数年前のドラムって、どこのメーカーも、そこが普及タイプとプロタイプの差別化だった。それが今では、ちょい違ってきている。ヤマハでは、レコーディングカスタム以上のグレードも誕生し、それは俺のアウトオブ眼中モデルとなってしまった。ので、レコーディングカスタムなんです。
気がつけば長文になっていまいました。お付き合いしてくださった方、ありがとうm(_"_)m
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やっぱ、ロックは「生」でしょ
高専に通っている頃(77〜80年頃だったと思う)は、大学祭やら企画もんやらで、数バンドが出演するオールナイトコンサートが流行っていた。場合によっては、非常にリーズナブルな料金で好きなバンドがたくさん見られるため、足げに通ったものだ。お目当ては、マキ&OZ、パンタ&HAL、JL&C(後のピンクラ)、RCサクセション(小川銀次が在籍)、ダディ竹千代と東京おとぼけキャッツ(そうる透が在籍)などなど。神大とかサマーランド、日比谷野音(ここはオールナイトでは無い)に出かけたのを覚えている。当時、ライブに通っていたのは、音楽を楽しむというよりも[コピーする]という目的が大きかった(酒を飲むという目的もあり)とは思うが、目的はどうあれ、生のアーティストたちに出会えたことは大きかったし、殻を破るひとつのきっかけにもなっていた。
最初は麻生レミ。これでロックに覚醒することに。
思い起こせば、俺がロックというのに目覚めたのは、結構マニアックかも。それまでどちらかと言えば歌謡曲派で、天地真理を皮切りに、キャンディーズ(こいつはこいつで素晴らしい)、太田裕美(歌謡曲というよりはニューミュージックに属するし、歌謡曲とそれらの橋渡しをした重要な人だと思う。この人には思い入れもあるので、いつか特集したい)に偏りがちだった音楽ソースから、簡単に転向させてくれちゃったのが、井上尭之ウォーターバンドであった。下野新聞のチケットプレゼントに当選し、期待もなく出かけたのであるが、いざ見たときのショックは鳥肌もんであり、今でもかなり鮮明に思い出すことが出来る。麻生レミのボール
アンド チェーンにはぶっ飛んだもんで、その後、内藤やす子、山根麻衣なんて、ジャニスフォロワーがメジャーになり、それなりのカヴァーは聴かせてくれたが、レミさんに比べれば色褪せる。金子マリ、カルメンマキをもってしてもちょい物足りない。それくらいレミさんのジャニスはインパクトがあった。今思えば、彼女のウォーターバンド時代のソースが何も残ってないのがショック。参考までに、彼女は内田裕也がプロディースしたフラワーズのヴォーカルであり、最終的にその座をジョー山中に譲っている。フラワーズのソースで、レミさんの歌となると、「ジャニスの祈り」、「オール
イズ ロンリネス」、「心のかけら」を所有しているが、これの残念なところは、彼女が若すぎることかな。当然と言えば当然なんだけれど、俺が宇都宮で見たレミさんは、結婚後の30代(もしかしたら40代)。あのときの色気が無いんだ。いい意味でも悪い意味でも青過ぎる。
そして俺はロックに目覚めていく。というか、片っ端から漁っていく。最初は俺の時代の定番であった、ハイウェースター。野球チームを作れば、背番号「3」と背番号「1」の大安売りになるように、バンドをやればリッチー・ブラックモアが3人くらい集まった。実際にライヴを観に行ったのは、RAINBOW になってから。初回の東京体育館は凄かったぁ。裏話としては、RAINBOW の初回と2回目(度目の来日ね)を観に行った。まだ、チケピなんてのが無い時代だから、南青山のウドーの前で徹夜でチケットをゲット。このへん学生という身分は申し分なかったし、頑張ればいい席も取れた。「オーバー
ザ レインボー」に続いての、「キル ザ キング」のイントロは鳥肌立ったね。これはその場に居ないとわからんでしょ。もう一斉に総立ち、ステージ前へ殺到。おかげで東京体育館の折り畳み椅子は全壊。その後、コンサートに会場を貸し出していないのは有名な話だ。そういや、コージー・パウエルも死んじまったんだなぁ。いやぁ、RAINBOW ってバンドは、リッチーとコージー、二人のバンドと言っても差し支えない。タットルルン、というフレーズは彼に教わった。
徒然なるままに、小川銀次。
伊藤銀次はメジャーだけれど、小川銀次はマイナー(ですよね?)。彼は最初、クロスウインドというフュージョンバンド
(?) のギター兼リーダーだった(と思う)。宇都宮の仮面館というライヴ・ハウスが俺的な始まり。RCサクセションでのプレイ(アルバムで
rhapsody まで)。こいつにもぶっ飛んだね。宇都宮で何度か立ち会いましたが、何せアンマッチだったもの。清志郎は、後日、あいつは弾き過ぎるからキラいだ、と語っていたが、俺は、そのアンマッチなところが気に入った。バンドの中まで見通せないけど、素晴らしいアンマッチだったもの。ステップのリフ、スローバラードの泣き。80年頃、清志郎の好き嫌いに関わらず、RCのアレンジメントでリーダーシップをとっていたのは、間違いなく銀次だった。その証拠に彼が離脱し、生活向上委員会(性行為)と合体した後の
RC は、たとえテンポが同じであれ、俺は聞く気になれないから。当時、R&B
的なブラスが好きくないということもある。銀次の良さというか、俺の好きなところは、素晴らしいディストーション・サウンドとねっちこいヴィブラート。歪み過ぎではあるが、微妙なニュアンスも表現出来てるというか。俺は小川銀次か和田アキラの音が日本では一番だと思ってる。クロスウインドのファーストアルバムに入っている「流氷」、サード「そして夢の国へ」収録の「みのむし」は一聴の価値ありだよん。ちなみに、最近、80/4/5
の久保講堂の DVD を手に入れた。これは、rhapsody のテイクでもあり、ビデオでも発売されている。LP(CD)では、銀ちゃんの音がちっさくミキシングされてしまっており、ファンとしては致命傷であるが、こいつはまずまず。「スロー
バラード」も収録されているし、一聴(一見)の価値有りよ。
ついでに言えば、この時代は、フュージョンの全盛。カシオペアを筆頭に、、、というかメジャーだったんはカシオペアだけだったけど、スペースサーカスとか、山岸潤史とか、好きだったなぁ。スペースサーカスは、一枚目ではカシオペア路線のフュージョンをやっており、「アリババ」で聴かせる岡野はじめのチョッパーは当時ぴか一。今聴くとどうか知りたいが残念ながらソースがない。で、セカンドではいきなりハードロックフュージョンに変身。これはよかった。確か「ファンタスティック・アライバル」とかいうアルバムだったと思うが、16ビートが(表面上は)8ビートに変身したわけで痛快だった。なんだっけなぁ「デーモン・ブレスト」とか「ヘヴィー・デューティー・スペース・ドラゴン」とか、太鼓をコピーしたな。スペースサーカスについては、何本かライブハウス(屋根裏とピットインかな)のソースを持っている。で、ヘヴィーデューティときたら思い出すのは、ブレッカーブラザーズだが、これは外人。なぜかドラムが、確かフランクザッパとかに居たテリー・ボジオで、これがまたアンマッチで、最高に良かった。脱線するが、ボジオのソースでは U.K. がいいかな。ミッシング・パーソンズは、曲の落差が大きいか!? 山岸については、彼を好きだったというよりも、いつも組んでたナルチョが良かったぁ。要するにチョッパーベース。俺は、ラリー・グラハムよりも先に、日本人のチョッパーで目覚めてしまったんだ。確かナルチョはアレンビック使ってたような気がするんだけれど。当時、山岸、ナルチョ、難波、ウータン鈴木でやった野音のテープがあったりする。もう一人、最終的にはヘヴィー・メタル・アーミーに落ち着いた、チェピート竹内が居るが、彼は最初が一番良かった。トライだったかなぁ。マキ&OZを止めたばかりの内藤まさみ(太鼓)が作った、変態変拍子バンドなんけれど、ここのベースがチェピート竹内こと、竹内正彦だった。竹田和夫がスカウトして、なんちゃらヤスオと一緒に、第3期クリエーションに参加するも、ちょいと衰えたような気がする。ただ、この時期、アマチュアコンテストで優秀な成績を納めた、所沢セントラルステーションの沢田久美子。彼女のアルバムをクリエーションがプロデュースし演奏もしている(実家にはある)。この LP は良かった。確か最後の「I FEEL」はビンビンのノータリンファンクなんだけれども、当時はぶっ飛んだなぁ。とは言っても麻生レミほどではないのだが。
して、ここまで来れば、東京おとぼけキャッツも避けて通れないわな。ダディー竹千代は、実は加治木剛の名で、マキちゃんに詩(曲)を書いてたんだな。マキ&OZ については後述しますが、この人、実はすごい才能の持ち主だったと思います。天才です。もっとメジャーになってれば、松本隆以上だったはず。当時の「船乗りの夢」ではこう歌っていたと思います。"遅れているのはお前じゃなくて、お前を見る目だ" と。まさにその通り。ルックスが邪魔をしたのか。余談ですが、彼のおかげで82年のイーストウエスト。我々はサンプラザまで上り詰めることができました。おとぼけはスーパーゲスト大会やら、「銀座のカンカン娘」やら、パロディで受けちゃったけれど、彼らのスキルは当時超一流。今だに現役で有名なのは、ドラムのそうる透くらいだけれど、ギターのキー坊金太と、ダニエルあかね。ベースのなかよし三郎。キーボードのどんまいめぐみ(彼女は本名で現役みたい。リンクを参照ください→丸尾めぐみ)。いかったなぁ。いい味出してたよなぁ。あんなことをさも真面目に、それも度肝を抜くようにやってくれたのは衝撃だったよ。野音のテープ、聴いてみるかい。
そしてマキちゃん。俺を本物の不良にしてくれたカリスマだ。金子マリも良かったけど、いかんせんタイプじゃなかった。最初に見たのは、宇都宮でかな。ちょうどセカンドアルバム「閉ざされた街」をリリースしたときで、何で覚えてるかっていうと、宇都宮の憧れのアマバン、ウィザードのドラムが
OZ のオーディションに行って落ちたって評判だったから。しかし、今思い出すとすごいステージだったと思う。照明からPAまで自前で用意してツァーをしてたそうだけれど、覚えてるよ、照明は魔方陣。いやぁ、ロックってのは華やかなもんだと感激した。その後いろんなところでマキちゃんを見てきたけれど、なんかバンドらしいバンドだったのが好きだった一番の理由かな。その後の他のバンドの見方も変わってきたし。俺が好きだったのは春日博文、川上茂幸のギター&ベースコンビだったんだけれど、マキちゃんを加えた3人は同士に見えたね。一番好きなのは「六月の詩」。加治木剛(ダディ)の作った名曲で間の取り方、いわゆるシンコペーションが素晴らしい。日本語のロックの一つの完成形だと思うね、俺は。その他にも「昔」「閉ざされた街」「空へ」とかこの系統の曲は大好き。「私は風」は聴くとジーンとするけど、「南海航路」のほうが名曲だと思う。
んで、チャーになるんかな。
この人との出会いはたわいもない(苦笑)。確かドラッグ休養明けの復帰コンサート(野音)がタダだったんね。だから見に行ってみよっかなっと。が、オープニングの「空回り」でぶっ飛んだね。なんて格好いいんだろ。たった3人のユニット(JL&C)なんに。俺はそれまで、日本で一番キレのあるロックドラマーは、樋口昌之(クリエーションが一番有名かな)だと思ってたけど、あの時のジョニーのハイハットワークは上回っていたね。当時はどちらかと言えばハードな曲指向だったんで、「Wasted」、「You like a doll baby」、「Natural Vibration」とかが好きだったけど、今聴けばみんないい歌だね。JL&C時代はLPを全て買った。そうそうルカサーと演ったのも格好いかったねぇ。久々の「Smokey」はなんか洗練されすぎていたけれど、なんてったって、ドラムはジェフ・ポーカロだ。悪いわけないじゃん。チャーのいいところは自然体なところかな。それが彼のステージなんかもしれないが、俺はそれが好きだった。でもね、樋口昌之も負けていない。ナルチョと組んだ CHAOS では、ひさびさにキレのあるドラムを聞かせてもらった。ピットインでだったけれど、残響音の極端に少ないハイハットのオープン&クローズは彼ならでは、と思った。と言っても10年前かな。
で、ドラムス論。
ロックドラマーは、全てはジョン・ボーナムへ続く、、、でええかな。やっぱグッドタイムスバッドタイムスを聴いて、なにくそと思うヤツと、太刀打ち出来へんと思うヤツの二通りではないかと。ちなみに俺はドラムを叩いているけれど後者です。だって、出来ちゃったらプロになれちゃうと思うもの。CHIC のトニー・トンプソン。こいつはいいと思っていたら、いつのまにかツェッペリンのツァーメンバーになってたりして。俺って、結構いい耳してるかも、と思った瞬間。ジェフ・ポーカロの良さって、俺は TOTO よりも、ボズとかのセッションのほうにあると思っている。とにかくシャッフルはぴか一。カーマイン・アピスからは音よりのスタイルを学んだ。
で、転々と。
子供ばんど、TENSAW、パンタ&HALなどバンドっぽいのをよく見に行ったもので、、、大人になってからは、バービー。やっぱ、自分より年下のバンドってのは、可愛いおねいちゃんを別にして、評価の対象にはしたくないのが正直な気持ち。でも正当に評価しても、1999〜2000年に出現したバンドでいいのってのは無いはな。バービーボーイズは何で好きになったんだろ。俺はエレキエレキしたギターの音って嫌いなんだけれど、いまみちともたかのギターはちょっと違ったからかな。でも、詩の影響がでかいのか。「チャンス到来」なんて泣けてくるよね。これを顎のとがったいまさが書くとは。ライブは見てないけれど、ライブビデオはほとんど所持しているので感じはわかる。余談だが、ドラムの小沼俊明(コイソ)は、高専時代に同じステージに上がったことがある。ヤツは東京高専のバンドに居たんだ。うまいヤツだとは思ってたけど、その後、織田哲郎のWHYに入ったり、メジャーになっちゃったんだ。
それから、サザン。これは、みんなも好きだろうけれど、俺にとっちゃライバルだった頃もある。イーストウエストに出てたのは前にも書いたけど、目標はサザン。カシオペアには逆立ちしても勝てないと思ったし。作る曲、作る曲、すべてサザンぽくなってしまった80年代前半であったなぁ。
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