そうして、また、闘いの日々が始まったのである。 闘うことでしか生き抜けない人世に苦しみ泣いていた時に必ず現れて、瞬の苦しみを笑顔にくるんでくれたあの人は、瞬の許を再び訪れてはくれなかった。 「氷河、来て。氷河、今、ここに来て。僕、泣いているんだよっ、見えないのっ!」 夜の虚空に向けて訴えても、返事はない。 返事がない訳が、瞬には理解できなかった。 これまで、瞬が悲しみ苦しんでいる時にはいつも、時間も空間も飛び越えて瞬の許を訪れてくれたあの人が、これまでで最も深い苦しみと悲しみに苛まれている今の自分に救いの手を差しのべてくれないとは。 氷河の命が消えた後の時間は、氷河に与えられた時間の外にあるのかもしれない。 だから氷河は過去に瞬にだけ、 『俺は幸せだった。俺を幸せにしてくれたのはおまえだ』 と繰り返すのかもしれない。 だが、その考えが正しいのかどうかも、瞬には分からなかった。 「氷河、ここに来て。頼むから。氷河、もしかして、僕は僕自身のために泣いたりしないって思ってるから、ここに来てくれないの? 氷河は幸せだったから、幸せなまま生を終えただけだから、僕が氷河のために泣くことはないって思ってるの? 僕だって、誰かのためじゃなく、氷河のためじゃなく、自分のために泣くことくらいあるんだよ! 氷河……っ! 僕、一人でいるのが恐いよぉ……っ!」 瞬がどれほど訴えても、どれほど涙を流しても、氷河の答えはなかった。 それほどに氷河は幸福だったのかもしれない。 氷河の生は満ち足りていたのかもしれない。 答えはないのに、これからも答えを得ることはないと分かっているのに、瞬は涙を止めることができなかった。 『何がそんなに悲しいんだい?』 初めてあの人に会った時、彼が言った言葉。 氷河を失った悲しみと苦しみから立ち直れずにいれば、きっとあの人が見兼ねて瞬の許を訪れてくれる――。 そう信じて、そう信じることしかできなくて、瞬はいつまでもいつまでもあの優しい人の声を待ち続けた。 Fin.
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