瞬の自信が決して虚勢ではなかったことを、氷河は翌々日の決勝レースで思い知ることになった。 紫龍の言った通り、公式予選2日目はあってなきがごとしのものだった。 雨に濡れたウェット・コンディションでのタイム・アタックは、とても前日のタイムを更新できるようなものではなく、結局、今シーズン第1戦USAグランプリ決勝戦は、ポールポジションを瞬、2番グリッドが一輝、そして氷河は3番グリッドからのスタートとなった。 か弱い乙女の無謀な挑戦を見守るような気分で、氷河はレースに臨んだ。 瞬にレースを完走することはできないであろうから、この一戦が終われば瞬も自分の体力の限界を知り、第2戦以降のチャレンジを諦めるだろうと、氷河は考えていた――期待していた。 それが甘かったのである。 19XX年 FORMULA 1 第1戦、USAグランプリ決勝当日。 人に劣る体力の持ち主が、どうやって全日本F3000を勝ち抜いてきたのかを、その日、氷河は身をもって知ることになった。 USAグランプリは、アメリカ・フェニックス市の市街地、1周3.720キロを81周、301.320キロで競われる。 日本の鈴鹿などに比べれば、極めてコーナーの少ない高速サーキットである。 ストレートの部分ではマシンのスピードは簡単に300キロを越え、最高速度は330キロ前後にまで達する。 この高速コース、氷河は結局20周目でスピン、リタイアすることになってしまったのだが、その最後の瞬間まで、彼は、300キロはおろか250キロ以上のスピードを出すことができなかったのだった。 マシンの不調のせいなどではない。 氷河のマシンは、メカニックたちの2日連続の徹夜の甲斐あって 絶好調だった。 氷河が、そして、氷河以外の24台のマシンが出力可能なスピードを出せないままレースを終えることになったのは、すべて、プロジェクトHSのセカンド・ドライバーの驚異的なドライビング・テクニックのせいだった。 レーススタート時、まず一輝が見事なスタートをきり、トップに立った。 つまり、最も有利な場所からスタートした瞬のマシンは、兄の先行を許すことになったのである。 氷河は一瞬、瞬のマシンがスタートミスを犯したのかと思った。 が、それは氷河の誤認にすぎなかったのである。 予想通りスピードの乗らない瞬のマシンをオーバーテイクし、一輝を追おうとした氷河は、だが、そうすることができなかった。 まるでマシンの後ろに自動追尾システムでも搭載されているかのように、氷河の行く手を、瞬のマシンが確実に遮るのである。 コーナーはもちろん、ストレートコースでも、氷河は瞬のマシンをパスすることができなかった。 瞬は決して250キロ以上のスピードを出そうとしない。 その瞬を追い越せないのであるから、自然、トップを走る一輝と2位以下のマシンの差は拡がるばかりである。 信じ難い事態ではあったが、瞬や氷河のマシンが19周目に突入した時、一輝のマシンは氷河のすぐ後ろにいて20周目に入ろうとしていた。 そして一輝は、3位の氷河と、氷河を抑えている瞬のマシンをオーバーテイクし、更に差を拡げるべく、あっと言う間に走り去っていってしまったのだった。 (馬鹿な……! この俺が一輝に1ラップ以上の差をつけられるなぞ……!) 氷河を抑えつつ 一輝を先に行かせる瞬のテクニックは、ほとんど神技としか言いようがない。 氷河は怒りと焦りを感じ始めていた。 そして、その二つの感情が、氷河を自滅へと導いたのである。 20周目、最終コーナーの立ちあがり、瞬のマシンの動きに苛立った氷河が無理にオーバーテイクを仕掛けようとした時、それでなくてもクルージング・スピードの瞬は更にスピードを落とした。 結果、氷河の予想以上に車間距離が狭まり、氷河のマシンは瞬のマシンが作り出す気流に巻き込まれてしまったのである。 (まずい……!) 思った時には遅かった。 氷河のマシンは2、3度スピンを繰り返したあげく、サンドトラックに突っ込んで、氷河が我にかえった時には、彼のマシンのタイヤは虚しい空回りの音を響かせているばかり。 背後のマシンのリタイアになど気をとめた様子もなく、瞬のマシンは彼なりのスピードで走行を続けている。 それまで氷河の後ろで4位につけていたマシンが、瞬を追い越せずに車体を揺らしている様が、第1コーナーの向こうに消えていった。 (あんな可愛い顔をして、あきれた度胸だ……!) 確かに、あの緩やかなスピードを最後まで保つというのなら、多少の体力不足など大したマイナス要因にはなり得まい。 予選で無理をしても最低4位までにつけておけば、スタート時のテクニックと、走行中 他のマシンのオーバーテイクを許さないだけの集中力で、瞬は確実に優勝を狙えるドライバーだった。 (俺としたことが、あの顔と細い身体に油断をしたわけだ……) しかし、氷河は、情けなさよりも、瞬のドライビング・テクニックヘの驚嘆にこそ、はるかに強く支配されていた。 氷河の推察通り、瞬は1位の一輝になんと3ラップの間を置いて、デビュー戦を2位入賞で飾ったのである。 瞬の走りに苛立って自滅したマシンは、優に5台。 1位と2位の差が5分30秒もあったのに比して、2位から10位までの各車のタイム差はどれも5秒未満という、前代未聞のレース結果だった。
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