空港の駐車場で、ミロは、派手なメタリックブルーのシトロエンのキーを氷河に投げてよこした。 彼は、これからギリシャに飛ぶということだった。 氷河たちのカルカソンヌ滞在予定は一週間。 それに合わせてパリに戻ってくるミロに、再びこの場所で車を返すという約束を取り付けて、氷河と瞬はミロのシトロエンに乗り込んだのである。 久し振りに合った大先輩と旧交を暖めるつもりもない氷河がすぐにエンジンをふかし始めると、ミロは、窓越しに、可愛いげのない後輩に囁いた。 「気をつけろよ、氷河。おまえの可愛い仔猫ちゃんを亡霊に取られないように。やっこさん、おまえにそっくりだったが、おまえの三倍増しのいい男だったぞ。私としたことが、つい見とれてしまった」 「ふん!」 ミロの忠告を思い切り派手に無視して、氷河は車を発進させた。 ミロさえ振り切ってしまえば、これから一週間、瞬は自分だけのものなのだと思うと、不快なミロの言動もすぐに意識の上から消え去ってくれる。 「ねえ、氷河。そのうち、何気なくミロさんに言っといてよ。男にちっこいとか綺麗だとか言うのって、日本では失礼なことだし、僕のこと仔猫ちゃんって呼ぶのもやめてって」 ミロの前では行儀のいい後輩を演じていた瞬が、助手席から氷河に不満を訴えてくる。 普段なら『ミロに直接言え』と言って、瞬の機嫌を損ねるところなのだが、今日は氷河は肩をすくめて、『わかった、そのうちにな』と頷き返した。 要するに、氷河は、それほどに浮かれていたのである。慈悲深い女神の計らいに、心底から感謝していた。 監視役の一輝のいないところで瞬と二人きり、ロマンチックな中世の城の観光旅行。この頑なな瞬も、旅先の解放感から、少しはその鉄壁の防御態勢を緩めてくれるかもしれない――。 氷河の胸中は期待でいっぱいだった。 そして、その期待は、事実、現実のものになりかけていたのである。 |