ユーグが部屋を出ていくと、シュンはいつものように窓際に歩み寄った。そこに佇んで、窓の外にユーグの姿が現れるのを待つ。
しばらく待っていると、甲冑を着けた騎士たちが二〇人ばかり窓の外の楡の木立ちの向こうに現れた。
中に一人だけ甲冑をまとわない軽装で漆黒の馬に跨がった騎士がいて、シュンの視線は彼に釘付けになった。
スレイプニルは、シュンの知る限り大人しい馬だった。
だが、戦場に赴くと気性が一変するらしい。
手が付けられないほど気が荒くなって、歴戦の騎士であるシモンでさえ乗りこなせないでいたのを、ユーグが伯父から貰い受けたのだそうだった。
『どうも乗り手の気分がそのまま伝染ってしまうらしい。ある意味、頭が良くて敏感なんだな』
とはユーグの弁。
(普段は穏やかなのに、戦場に行くと悍馬になるなんて、まるでユーグみたい…)
昨夜のユーグの激しさを思い出して、シュンはぱっと頬に紅を散らした。
(嫌だ、僕、何を考えてるの……)
ユーグと真紅のマントをなびかせたシモンが騎士たちを従えて門を出ていくと、もう窓の外に見るべきものはない。
シュンは、青い夏空に背を向けて、部屋の奥に戻った。
テルム包囲の件を仲間たちに伝える暗号文を羊皮紙に書き込むと、あとはユーグが帰ってくるまで兄の蔵書を読むこと以外にすることもなくなる。
ユーグがいる時は、時々シュン自身を荷物に仕立てて外に連れ出してくれることもあるのだが、今日はそれもできそうになかった。
ユーグの帰りは、早くても夕刻にかかるだろう。
シュンは、既に幾度も目を通したイスラエル史の本を開くだけは開いたのだが、あまりその内容に集中することはできずにいた。
二人でこの城を出、どこかで暮らすことはできないものだろうか――。
最近のシュンは、することがない時には、そればかりを考えるようになっていた。
二人だけの国は無理でも、二人を知る者のいない町でひっそりと…と。
(でも、あんな綺麗な人、どこに行っても人目を引いて、とてもひっそりとなんて……)
ユーグが武勇だけでなく、その美貌でも名を馳せた騎士だということが、シュンはひどく恨めしかった。
(でもきっと……僕が心から頼んだら、ユーグは僕と一緒に全てを捨ててくれる……)
そう念じながら、強く祈りながら、シュンはユーグの帰りを待ったのだった。






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