ありふれた秘密

〜 なぎはらさんに捧ぐ 〜







「僕を好き?」

僕は、毎日、毎晩、同じ質問を繰り返す。
毎日、毎晩、返ってくる答えは同じ。

「好きだ」


「どこが好き?」
「目も髪も唇も。おまえは本当に綺麗だから」

「それだけ?」
「頬も胸も指先も。おまえ以上に綺麗な人間を、俺は知らない」


「…………」

僕が欲しいのはそんな言葉じゃないから、僕は黙り込む。



そんな言葉は信じられないし、無意味。
氷河は僕よりずっと綺麗だもの。


僕が欲しいもの。
それが何なのか、僕は知らない。

でも、僕が欲しいものを、きっと氷河は持っているはずなんだ。

それが氷河の中にあると感じたから、僕は彼から離れられずにいる。
だのに、くれない。

氷河が僕にくれるのは、いつも、

「俺はおまえを好きだよ」

その言葉だけ。
そんな言葉じゃないはずなんだ。僕の欲しいものは。





僕が欲しいもの。

それが何なのかを、僕は知らないけれど。


恋をしたら、人は何を欲しがるものだろう?



優しい言葉? 

……氷河は、それはくれる。



一緒に過ごす時間?

……氷河は、いつも僕の側にいる。



安らぎ?

……氷河と肌を触れ合っている時は。



不安?

……氷河の姿が見えない時のことだね。



ときめき?

……氷河が僕の名を口の端にのぼらせるたび。




情熱的な口付け?

巧みな愛撫?

包み込むような眼差しも、愛おしむような指先も、僕だけに向けられる微笑みも、僕が望むものを、氷河はすべて与えてくれる。



僕は満ち足りているはずなんだ。
僕は、今の自分に足りないものが思いつかない。


でも、何かが足りないことだけはわかっている。
それは、氷河だけが僕に与えられるものだということも。


それはどこにある?
なぜ、氷河は、他のすべてのものをくれるのに、それだけはくれないんだ?


欲しいんだ、僕は。


僕が欲しい何か。
僕に欠けている何か。
氷河だけが持っている何か。
氷河だけが僕に与えられる、その、ただ一つの秘密。


それを、ほんの一瞬間でもこの手にすることができるなら、僕は死んだって構わない。
他のあらゆることを手中にしていながら、本当に欲しいものだけが手に入らない生なら、生きていたって無意味だもの。




だから、僕は祈った。






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