この瞬を、昨日まで、氷河は小悪魔だと思っていたのである。
手を伸ばせば逃げる。 無視すれば、すり寄ってくる。 名を呼んでも答えないくせに、 呼ばずにいると『なぜ、僕の名前を呼んでくれないの?』と、眼差しでねだってくる。 俺が何を欲しているのか知っているくせに気付かぬ振りを続け、俺の心を翻弄し続ける瞬が悪魔でなくて何だろう? ――そう、氷河は思っていた。 昨夜、耐え切れずにその身体を抱きしめた時、氷河は瞬が小悪魔だった訳を知った。 「だって、これは良くないことでしょ? 神様がしちゃいけないって決めたことでしょ? 氷河はこんなことしちゃいけないんだよ。氷河はこんなに綺麗なのに、天使みたいに綺麗なのに、罪を犯すことになるよ。堕ちた天使がどこに行くか知ってる? 暗くて救いのない闇の世界だよ。そこは、氷河には似つかわしくない場所なんだ」 冷たく暖かい雫で潤んだ瞳が、哀しそうに氷河を見上げる。 氷河の腕を振りほどこうともがく瞬の手が、いつも求めていたものは、今、彼が自分から遠ざけようとしているもの。 瞬は、既に自分を堕ちたる天使だと思っていたのだろう。 自らの内にある、神に禁じられた心を自覚した時に。 まだ堕ちていない天使の輝きを守ろうとして、瞬は必死だったのだ。 堕天使の性を隠しきれず、氷河に誘惑の手を伸ばしかけながらも。 だが、ここは楽園である。 6月の楽園。 住んでいるのは――。 |