自分の部屋に移動すると、瞬はベッドに腰を下ろした。

ドアの前に所在なげに立っている氷河に、意識してさりげなく言う。


「上着、脱いで」
「脱ぐのか?」
「脱がせてほしいの? それでもいいけど」
「……自分で脱ぐ」

この期に及んで躊躇いを捨てきれずにいるのか、焦らすようにゆっくりした動作で上着を脱ぐ氷河に、瞬は少々同情を覚えた。
誰でも――氷河でも――“初めて”のことには不安を覚え、恐怖心を抱くものである。
氷河の脱いだ服を受け取って、ナイトテーブルの椅子に置くと、瞬は、もう一度氷河に尋ねた。


「ほんとに初めてなの?」

氷河が、無言で頷く。

氷河が本当に本当の初心者なのなら、まず、その不安と恐怖心を消し去ってやるのが、先達の務めである。
瞬は、彼の不安を取り除くために、そっとその背に自分の手を添えた。

「安心して。優しく教えてあげるから。とっても気持ちいいことだよ。恐がらないで、こっちに来て、横になって?」
なるべく穏やかな口調で、急ぐ素振りを見せず、瞬は氷河をベッドに招いた。

本当は――少し気が急いていたのだが。

瞬に促されるまま、氷河が、緊張した面持ちでベッドに仰向けになる。
その様子を見て、氷河は本当に“初めて”なのだと、瞬は確信した。


「あ、それでもいいけど……最初はうつ伏せの方がいいかもしれない」
「うつ伏せ?」
「だって、その方が……」

氷河の緊張が伝染ってしまったのだろうか。
既に幾度も経験したことのある行為の説明をするのに、瞬は何故か頬を赤らめてしまった。

「あ、ううん。初めてなら、顔見ないでいた方が恥ずかしくないかもしれないでしょ? それとも……」

氷河の顔を覗き込んで、瞬は彼に尋ねた。
「お互いの目を見詰め合って……したい?」

もう瞬の口許からも瞳からも、微笑は消えていた。

これは大切な儀式。
笑いながらしていいことではないのだから。


――期待に熱く潤んでいる瞬の瞳。

その瞳を間近にして、氷河は少々戸惑いを覚えたようだった。
その瞳を避けるように、慌てて、うつ伏せになる。

「うん、多分、最初はその方がいいと思うよ」
少し震える手で、氷河の背中をすうっと撫でて、瞬がごくりと息を飲む。

それから、瞬は、ベッドに両膝を乗せながら、氷河に尋ねた。
「僕、氷河の上に乗っかってもいい? ちょっと重いかもしれないけど」

氷河は、既に覚悟を決めたらしい。

「ああ。構わん」
答えは即座に返ってきた。

「うん、じゃあ、ちょっと……。ごめんね」
氷河が覚悟を決めると、今度は、氷河の“初めて”を征服しようとしている瞬の方が、躊躇いに捕らわれる。

本当に許されることなのだろうか。何も知らない氷河に、自分がこの行為を教えることは――? と。


だが、それも、一瞬の躊躇いでしかなかった。






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