「瞬…!」 自分の背に跨っている瞬の腕を掴み、そのまま引き倒すようにして、氷河は自分の身体の下に瞬の身体を引き入れた。 「あっ!」 瞬の部屋に、部屋の主の小さな悲鳴が響く。 何が起こったのかわかっていない瞬の唇を、氷河は問答無用でふさいでしまった。 先程から瞬の手で刺激され、じわじわと昂ってきていた氷河の身体は、既に抑えようがないほどたぎっていた。 「な…何するの、氷河、急に!」 「悪いな、瞬。だが、これはおまえのせいだぞ」 「僕のせい…って……だって、僕はただ、氷河に……」 「そんな怯えた顔をするな。ひどいことはしないから。俺がおまえにひどいことができるわけないだろう?」 「な……何言ってるの、ひどいこと…って……」 「おまえ、俺を好きなんだろう? そう言ってたじゃないか、いつも。俺は、もう言葉だけじゃ我慢できないところまできてるんだ。おまえがいつまでも俺を焦らすから」 「そ…んな、だって、僕、こんな………ああ…っ!!」 氷河の手で、それまで誰にも触れられたことのない場所に触れられて、瞬は激しく身悶えた。 震えのおさまらない腕に必死に力を込め、自分にのしかかっている男の肩を押し戻そうとする。 「ひどい、氷河、僕を騙したの! 僕は、氷河がマッサージの仕方を教えてくれっていうから……」 瞬の訴えが、氷河のキスに遮られる。 そして、まるで瞬の抗議の続きを楽しもうとするかのように、彼はすぐに瞬の唇を解放した。 「マッサージしたこともされたこともないって言うから……」 「嘘はついてないぞ」 べそをかき始めた瞬とは対照的に、氷河の方は泰然としたものである。 「初めてだって言うから……っっ!!」 瞬の声は、ほとんど泣き声になっていた。 これではまるで騙し打ちではないか。 瞬は、親切心から、マッサージ未経験だという氷河に、あの心地良さを教えてやろうとしただけだったのだ。 それなのに――。 「初めてだったよ。あんなに気持ちのいいマッサージは。おかげで、火がついてしまった」 それなのに、氷河は、こんなことをしれっとした顔で言うのである。 「やだっ! 僕、初めてなのにっ!」 痛みを感じるほど熱のこもった氷河の真剣な眼差しに射すくめられ、氷河がどうやらマジでその気らしいことを知った瞬が、慌てて泣き落としにかかる。 この手を使って、瞬はこれまで幾度も氷河の熱願から逃れてきたのだ。 「……瞬」 氷河は、さすがに無理強いするわけにはいかなかった。 無論、ここまできて、いつものように瞬の涙に負けるつもりもなかったが。 ついさっき瞬が告げた言葉を、できるだけ優しく響く声音で告げる。 「恐がることはない。俺も優しく教えてやるから。な、瞬?」 そう言われて、すぐに首肯できるようなことだろうか、これは。 マッサージの“初めて”と××の“初めて”は、同じ“初めて”でも、その意味するところが全く違う。 違っていたのだ。瞬にとっては。 しかし、氷河の認識においては、その二つの行為には、大きな差異はなかったのである。 すなわち、それは、氷河にとっては、どちらも“好意を抱き合っている人と人の間で行われるスキンシップ”――だった。 それでも、氷河は、瞬の嗚咽が収まるのを辛抱強く待った。 これは、互いに互いを受け入れ合う行為なのだから。 無理強いという形をとった時、それはマッサージとは全く異なる行為――“暴力”になってしまうから。 「瞬?」 瞬が泣き落としを諦め、その嗚咽が止み始めた頃。 氷河が、もう一度瞬の名を呼んで、その意向を尋ねる。 まだ少し涙の雫が残った瞳で、瞬は、辛抱強く瞬のOKの返事を待っている氷河の目を見詰めた。 そうして――。 そうして、瞬は、頷いてしまったのである。 もう諦めるしかなかった。 毎日氷河のこの瞳に見詰められ、これまで“初めて”に至らずにいられたことの方が奇跡なのだということは、瞬にもわかっていたのだ。 瞬が氷河に頷いてしまった訳は、しかし、それだけではなかった。 “初めて”への不安とは別に、少しだけ――本当に少しだけ――『もしかしたら、それはマッサージより気持ちのいいことなのかもしれない』という期待も、瞬の中にはあったのである。 氷河が、長年の辛抱の末にやっと手に入れた瞬の許諾を受けて、目元に笑みを刻む。 そして、彼は、自信に満ちた口調で、“初めて”の瞬に告げたのだった。 「大丈夫。俺はきっと、『明日もしたい』とおまえに思わせてやれるから」 ――と。 ××とマッサージ。 どちらも非常に心地良く、どこがどう違うのかもわからないほど(途中までは)酷似した行為。 それが何にせよ、どんなことにせよ、人は“初めて”を経験し、克服することでしか、新しい幸福に出会うことはできないのである。 Fin.
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