「俺に何ができる。瞬がこの馬鹿の言葉に傷付いたというのなら、瞬の心を癒せるのは、瞬を傷付けた当の本人だけだろう。いわば第三者の俺がどれほど瞬を慰めてやったところで、それは真の解決にはならん」

この場合、一輝に言える言葉はそれだけだった。


「それはそーなんだけどさー」

口をとがらせた星矢の言葉を、紫龍が継ぐ。

「瞬が部屋から出てこないのは、この馬鹿を避けてのことらしくてな。まあ、当然だろーが。瞬が、この馬鹿にこれ以上傷付けられたくないと思って、この馬鹿を避けるのは」

紫龍に、馬鹿馬鹿馬鹿と散々繰り返されて、だが、それでも氷河は無言である。
かといって、決して、無表情なわけではない。
瞬を傷付けてしまったことを、氷河は、一応反省してはいるようだった。
いつもなら冷え冷えとした印象しか残さない氷河の瞳が、今は確かに翳りを帯びていた。

一輝は、それこそ、意外だったのである。
この無愛想で無表情な氷雪男が、殊勝に反省の態度を示していることが。
そして、一見頼りなげに見えはするが、実は誰よりも柔軟で、不壊と言ってしまってもいいほど強い心の持ち主である弟の、その子供じみた――自分の悲しみだけで手一杯の子供のような――反応が。

一輝の知っている瞬は、そういう時にこそ、無理にでも微笑んでみせる強さを持った人間だった。
自分が傷付いたことを誇示することで他人をも傷付けることを怖れて。

その瞬が、“この馬鹿”のいったい何を怖れているというのだろう。
相手は、無反応・無表情・無感動な上に無思慮・無分別とはいえ、これまで生死を共にして闘ってきた、いわば戦友ではないか。


いずれにしても、この現状は打破しなければならない。
一輝は、この馬鹿げた一大事を丸く収めるために、アテナによって遣わされたのだから。

もっとも、彼にできるのは、やはり、至極一般的、かつ、誰にでもできる忠告だけだったが。
すなわち、

「……瞬をこれ以上落ち込ませておきたくなかったら、それでも貴様が瞬を捕まえて失言を謝るしかあるまい」
――という。


「しかし、瞬は俺を見ると、泣き出しそうな顔になって……」

「らしくもなく、何を躊躇しているんだ? 無神経男のくせに。それ以外にどんな方法がある!」

これまでの無表情も無口も、実は、自分の心を守るための単なる鎧だったのではないかと思えるほど煮えきらない氷河の態度に、一輝は苛立ちを覚え始めていた。
で、彼は、きっぱり命令口調で氷河に言ったのである。
「瞬の兄が許す。瞬が泣こうが喚こうが、とっとと瞬を捕まえて、土下座して謝罪しろ!」

「…………」







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