「そ……そうなのか?」

そう尋ねる氷河が無表情なのは、初めて知らされたその事実に驚愕したせいで、彼が表情を作ることさえ忘れていたからだったろう。
一輝が憤懣遣る方ない思いで“この馬鹿”を睨みつけている間に、馬鹿の瞳は見る見る輝度(?)を増していった。

その様子を見せられて、一輝はやっと、自分には、この不自然に対する憤りを表現する義務と権利があることを思い出したのである。
それこそ、冗談ではないのだ。

「きっきっさま〜〜っっっ!!!! なに、そんな嬉しそうな顔をしているんだ〜〜っっっ!!!!」

嬉しがるなと言われても、それは氷河には無理な要求というものだろう。

「ぜ…前言撤回だっ! 貴様は一生瞬とは顔を合わせるな! 貴様のように間抜けで阿呆で頓痴気のアンポンタンな馬鹿野郎に、なんで瞬を……!!」

一輝の怒声・罵声は、氷河の耳には届いていないようだった。

「いいか! 瞬は……瞬は、我が弟ながら、思い遣りがあって、優しくて、尋常でなく清らかな心の持ち主で……貴様なんぞには勿体な――おい、こら、氷河、聞いているのかっ!!!!」

愚問である。
今の氷河が、一輝の言葉など聞いているはずがない。



「一輝ー。そんなに怒鳴んなくても、それは氷河もわかってるだろー」
「うむ。わかっているからこそ、氷河も自分に向けられる瞬の優しさが素直に信じられなくて、あんな心無いことを言ってしまったんだろうし」
「うんうん。氷河の気持ちもわかるよな。俺だって最初気付いた時は信じられなかったもんな。あの瞬が、なんでまた、よりにもよって氷河なんかを…ってさー」

紫龍と星矢は、とにかく瞬が岩戸ごもりをやめて、城戸邸に明るさが戻ってきてくれさえすれば、それで満足らしかった。
二人は、一輝の憤りとは対極の、大団円の予感に浮かれている。


「なっなに呑気なことをほざいているんだ、貴様等はっっ!! あの瞬に、この氷雪ブリザード男が似合うと思うのかっ!! 春先のチューリップ畑に降雪機で雪を降らせるようなものじゃないかっっ!!!!」

「おお、さすが一輝。実に的確な表現だ」
そう言いながら、紫龍が一輝の右腕を掴む。

「おい、その図々しい男を止めろ!」

「まーまー、いーじゃんか、一輝。あんまり怒鳴ると血圧あがるぞ」
と言いながら、星矢は一輝の左腕を取り押さえた。


「おーい、氷河。ちゃんと瞬を連れてきてくれよー」
星矢のその間延びした励ましのお便りすら、今の氷河には既に無用・不要のものだったろう。


自分の幸運が信じられない春先の降雪機男は、とうの昔に、自分の部屋で寂しそうにうなだれているはずの薄桃色のチューリップの許へと駆け出していた。





Fin.








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