「僕が氷河を好きになったのは、氷河がそんな姑息な手を使うのをやめたからだよ。氷河が、僕を自分のものにしようとしなくなったからだよ。僕を守りたいとか、僕に守られたいとか、そんなことを考えずに、自分一人で歩こうとし始めたから。そんな氷河なら、愛する価値も、手を差しのべる価値も、抱かれる価値も、抱く価値もあると思った」 それ以上大人しくしていられなくなった氷河の手が、瞬の腰に伸ばされる。 瞬は、我慢を知らない子供を諭すようにその手を押しやって、自分から寝台に膝を乗せ、そして、もう氷河を逃すつもりはないのだと宣告するように、彼をシーツの上に抑え込んだ。 それこそ望むところだった氷河が、そのままの体勢で、瞬の両の脚を掴み、開かせる。 氷河の乱暴な手の熱さを、瞬の肌は歓んだらしい。 瞬は、一瞬小さく身体を震わせて、それから氷河の上で僅かに顔をのけぞらせた。 「あのガキの歳には、俺たちはもうそんなふうだった。自分の傷をひけらかして、自分の弱さや強さを訴えるなんて姑息な真似をするような子供じゃなかったぞ」 瞬は答えない。 まだ、氷河の手の感触の心地良さが、完全に肌の上から引いていないようだった。 氷河は、瞬のその様子をしばらく堪能していたのである。 瞬の指と手を自分の口許に運びながら。 「あのガキはいつ大人になるんだ。いい加減に……」 氷河の唇に為されるがままだった瞬の指先が、その意思を取り戻して、氷河の唇をからかい始める。 からかいながら、それでもやはり瞬の指は、苛立つ子供をなだめるような動きではあった。 「歳じゃないんだよ、氷河。むしろ、僕たちの方がその時期が来るのが早すぎたんだと思う」 「早すぎた……?」 氷河の身体を聞き分けのない子供のように扱う瞬に、氷河は反抗を企てた。 「……人が大人になる時って、永遠に――本当に永遠に―― 一緒にいたいと思う人に出会った時だと思う。その人を永遠に自分に惹きつけておくには、どうしたらいいのかを考えるようになって、そして、そのためには自分が強くならなければならないんだってことを悟って……僕たちは、そんな相手に10代のうちに出会った……ああ…っ!」 氷河の指の悪戯に、瞬は大きく身悶えた。 氷河が欲しいと思っているものを、瞬もまた求め始めているのだ。 「おい、瞬、もう」 氷河は最後まで言う必要はなかった。 半分朦朧とした表情で、だが、それでも、明確に自分の意志にだけ従った瞬が、氷河を自分の中に迎え入れる。 瞬は―― 一見した限りではもの静かで、事実、いつも穏やかで優しい微笑を絶やすことのない瞬は――この時ばかりは、その内奥だけは、恐ろしく激情的だった。鋼鉄すら一瞬のうちに溶かしてしまう溶鉱炉のように、一度自分の内に閉じ込めたものは、まず半日は使いものにならなくなるほどに燃えあがらせ、翻弄し、何もかもを奪い取ろうとする。 “瞬”に慣れてしまった今の氷河の目には、そういう次元では、他のどんな人間も石ころ同然としか映らなくなってしまっていた。 「あのガキは――もし、そんな相手に巡り合うことができなかったら、あのガキはいつまでもガキのままか」 瞬に翻弄されてしまう前にそれだけは確かめておこうと、氷河は瞬に尋ねてみたのだが――。 問いかけた先の瞬は、氷河の上で顔をのけぞらせ、その瞼をきつく閉じていた。 氷河より先に瞬の方が、氷河の力に翻弄され始めたらしい。 「あ……。その時はきっと……そんな時のために、そんな“子供”のために、アテナはいるのかもしれないね……」 もう瞬はまともな思考を形作れる状態ではないようだった。 それだけ言って、一度深く長く息を吐いた瞬は、まるで、求めるものしか念頭にないような、しなやかな獣に変わっていく。 氷河は――そして、氷河も、それきり言葉を紡ぐのをやめて、崩れ落ちそうな恋人の上体を支え、瞬の身体が求めるものを与え続けることに熱中し始めた。 |