「兄さん、どーして夕べは僕を助けに来てくれなかったの! 僕、恐かったのに! すっごくすっごく恐かったのに! あんなに恐い思いしたのは生まれて初めてだったのにっ!」


「…………」


そう言われても――である。

愛する弟のためなら、地獄の果て、エリシオンの彼方にまで駆けつける覚悟の一輝だったのだが、弟が男と同衾している部屋に飛び込む勇気は、さすがの彼にも持ち得ないものだった。

それでも、一輝は、愛する弟の心を安らげるために約束したのである。

泣きじゃくる瞬の“髪を撫で、真剣な顔をして、優しい声で”、
「ああ、悪かった。今度おまえが辛い思いをしている時には、必ず助けに行ってやるから」
――と。


「ほんと?」
酔った勢いだったとは言え、昨夜の熾烈な糾弾をすっかり忘れた様子で、瞬が泣きべそをかいていた顔をあげ、兄の瞳を覗き込む。

「もちろんだ。約束する」

「うん……」

兄の確約を得た瞬は、それで安心できたらしい。

「ありがとう、兄さん」

こしこしと右手の甲で涙を拭うと、瞬は頼もしいことこの上ない兄を見上げて微笑した。


花も恥じらい、月も雲間に姿を隠す、愛らしいことこの上ない明るい笑顔で――。






めでたく弟救援の許可を得て喜悦の極みのはずの一輝の顔は、しかし、こころなしか引きつっていたのである。

最愛の弟・瞬の清らかな涙の輝きに、地上最強・不死鳥の聖闘士は、激しい目眩いを覚えていた。






Fin.




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