ついに2桁突入。

第10の宮は魔羯宮。
守護する聖闘士はカプリコーンのシュラである。


「アテナのためでないとなると、あまり気が乗らんのだが」
氷河を自分の宮に迎えたシュラの開口一番がそれだった。
なんというまっとうマトモなセリフだろうか! 蠍座の黄金聖闘士に比べれば、月とスッポン、猫に小判である。

ろくに話をしたこともないこの男に、氷河は思いきり好感情を抱いた。
まあ、趣味の悪い男だと思いはしたのだが、それは些細な欠点と言っていいだろう。


氷河は、食材の山から取り出したアスパラガスを生のまま皿に並べ、この好人物の前に差し出した。
そして、言った。
「さしたるアスパラガスでもないが食え」
「???」

好人物は、しかし、氷河のその言葉の意味を理解しかねたらしい。
眉をひそめ、氷河に尋ねてくる。

「これは、到底手料理と呼べるものではないと思うが、どういうつもりだ?」
「…………」

この瞬間、氷河は悟ったのである。
自分という男は、瞬以外の好人物というシロモノとは相性が最悪なのだということを。

イライラしながら、氷河は、その“手料理”の説明をした。
「俺はサジタリアスのアイオロスのところから、ここに来たんだ」
「それがどうしたと言うのだ」
「だから、“さしたるアス”パラガスではないと言っている」
「…………」

好人物は、1分間沈黙した。
そして、まるで異世界の動物でも見るような視線を氷河に向け、再度尋ねる。
「…………まさかとは思うが、それはシャレか?」
尋ねる方もバカだが、
「そうだ」
と、偉そうに頷く氷河もどうかしている。

「貴様、俺を馬鹿にしているのかっ!」
シュラは、氷河の駄洒落に怒り心頭に発したようだったが、この好人物のニブさに苛立ち始めていた氷河の辞書に、既に“容赦”という言葉はなかった。
それでなくても偉そうだった態度を更に居丈高にして、氷河は傲然と言い放った。

「この上手いシャレの良さがわからないとなると、貴様、親父と言われても仕方がないぞ。もう、親父ギャグしかわからん歳なのか、それとも」

『さしたるアスパラガス』も十分親父ギャグではあった。否、それは、親父ギャグのレベルにもにも達していないシャレだった。

だが。
この場合、シャレのレベルなど、氷河にとっては、実はどうでもいいことだったのである。

「ふ、やはりな。だいたい23歳なんて設定に無理があると思っていたんだ、俺は。赤ん坊だったアテナを殺そうとしたアイオロスを抹殺しようとしたのが13年前だろう? そこから換算すると、どう考えても貴様は30の大台に……」
「う…うるさいっっ!!!!」

痛いところを突かれたシュラは、その顔を蒼白にした。そして、すぐ彼の顔は怒りのために真っ赤になった。

しかし、氷河は攻撃の手を休めない。
「貴様が本当に23歳の青年だというのなら、このシャレの良さがわかるはずだ!」

かくして、おそらくかなりの年齢詐称をしている山羊座の聖闘士は、氷河の企みに乗せられてしまったのだった。
「無論、わかる。実にうまいシャレだ、素晴らしい」
「うまいシャレなんだな?」
「貴様、何度言わせ……」
と、そこまで言って、彼はやっと己れの失言に気付いた。
氷河のセコいやり方に怒りを覚えつつ、反駁を試みる。

「貴様、うまいはうまいでも、美味いじゃなくて、上手いだ、漢字が違う!」
「漢字? 何のことだ、俺たちは今ギリシャ語で会話しているはずだぞ。貴様は今、ギリシャ語でうまいと言ったんだ」

「おのれ、青銅のこわっぱが!」

文句を言っても後の祭り。
氷河は、怒りに震える拳を握りしめるシュラをその場に残し、すたすたと次の宮に向かったのだった。







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