兄に連れられてやってきた瀟洒な館。

それは、もう十数代以上も昔から続いた、この辺り一帯の領主の館だということだった。

陰気な門構えにそぐわない美しい庭園の中央に、瞬の兄が瞬のために手折ろうとした一輪の白の花が今も咲いている。

高い天井の玄関と、客人を迎えるために灯されたらしいシャンデリアの輝き。
贅沢な調度品、壁に飾られた古い絵画の数々。

瞬の兄が築いた邸宅も贅沢なものではあったが、領主の館は、根本的に、それとは格が違っていた。
瞬がこれから囚われることになる館は、これまで瞬が暮らしてきた兄の邸宅にはない歴史の重厚さを感じさせる、壮麗ではあるが、どこか陰気な城館だった。



その館を訪れた瞬を出迎えたものは、館の召使いなどではなく、一匹の美しい獣だった。

豹のようにしなやかな身体と金色に輝く毛並み。
人の住む館の内にあってなお失われていない、瞳の中の野生。
その瞳が、まるで、この訪問者を客人として遇する価値があるかどうかを値踏みするような眼差しで、瞬を見詰めていた。

体長は歳の割りに小柄な瞬よりもはるかに大きく、へたをすると人間の側が圧倒されてしまいそうなほどの威圧感がある。

それが何という獣なのかはわからなかったが、とにかく美しい獣ではあった。


瞬は、館の主人に先立って自分を出迎えてくれた高貴な獣を見て、この館の主もまた、この獣のように誇り高い人物であってくれたならと願わずにいられなかった。

兄の制止を軽く払って、獣の前に跪き、その滑らかな背中を撫でる。
おそらく、野生の鋭い爪と牙を隠し持っているのだろうこの獣に、しかし、瞬は全く恐怖というものを感じることができなかった。

それほどに、その獣は美しく、そして、孤独という名の気高さをたたえていたのだ。

対峙する者を魅了する美しさと、その心を揺り動かす野生の孤高。
人間の世界で暮らさざるを得ない高貴で孤独な魂を、瞬は愛しく感じずにはいられなかった。


「綺麗な獣。この館の主人が飼ってるの?」
「…………」

瞬の兄は、それには何も答えなかった。
代わりに、瞬の身近な場所から若い男の声が聞こえてくる。

「この館の主は俺だ」

その声がどこから聞こえてきたのか、最初、瞬にはまるでわからなかった。
周囲を見回して、広いエントランス・ホールに、兄と自分とこの美しい獣以外の生物がいないことを確かめる。



声の主は、瞬の目の前にいる四足の獣だった。






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