シュン王子の涙ながらの懇願も、怒り心頭に発したイッキ国王の心を変えることはできませんでした。

当然です。
蝶よ花よと育ててきた大切な大切な弟にムシがついたのです。
清らかな花を食い荒らす害虫が!
身分違いも甚だしい、しかもオスの虫!


愛する恋人を捕らえられて、悲しみのあまり食事も喉を通らなくなったシュン王子を心配する者が城中には何人もいたのですが、イッキ国王は、
「人は恋では死なないものだ」
と言って、彼等の懸念に取りあおうともしませんでした。




そして、やってきた処刑の日。

刑場に連れてこられたヒョーガの姿を見た時に、シュン王子は知りました。
もし、ヒョーガがこのまま処刑されてしまったら、自分もまた生きてはいけないだろうことを。

ですが、何をどうしても、兄王の心を変えることはできそうにありません。

シュン王子が頼れるのは、もはや神のみ。
だから、シュン王子は神に祈ったのです。



『 神様、僕はヒョーガを死なせたくありません。
  ヒョーガに生きていてほしいんです。
  僕たちは身も心も一つのもの。
  共に生きることが叶わないなら、共に命を絶ってください。
  僕たちを永遠に離れられないようにしてください……! 』



シュン王子の願いは、愛の女神の許に届きました。
愛の女神――つまり、アフロディーテ――は、美貌と欲望は持ち合わせていても、今ひとつオツムの足りない神様でした。
注意力も散漫、思慮にも欠けていました。
愛の女神は、シュン王子の願いの最後の部分だけを聞き、大して深く考えもせずにシュン王子の願いを叶えてやったのです。

つまり、愛の女神は、シュン王子とヒョーガを、文字通り、離れられないようにしてしまったのでした。



既に処刑台に登らされていたヒョーガの姿が忽然と消えたのに、イッキ国王や周囲の者たちが驚いているうちに、シュン王子の身体は変化していました。

陽の光の加減によって緑色に見えていた髪が金色に、深い森の緑の色を吸った澄んだ泉のようだった瞳が青色に、雪花石膏よりも滑らかに白かった肌が浅黒く――。
そうして出来あがったのが、造作はシュン王子、色素はヒョーガ――まあ、一言で言うならば、男になったエスメラルダ状態――の一人の少年だったのです。

「シュ…シュン…… !?  ど…どうしたんだ、その姿はっ !? 」

最初にシュン王子の変化に気付いたのは、イッキ国王でした。

色指定を間違えられたような最愛の弟の姿に驚くイッキ国王に、シュン王子は言いました。
「氷河は殺させません!」

少し遅れて、シュン王子の中のヒョーガもまた言いました。
「俺とシュンを引き離すことは誰にもできないぞ!」

不協和音のように響く二人の訴えに続いたのは、イッキ国王を始めとして、処刑の見物にやってきていた貴族とその従者たちの数と同じだけの沈黙です。

「…………」× n (n = 1 + 列席貴族とその従者たちの数)


事の次第が理解できずに呆然としている兄たちに、シュン王子は再び言いました。

「神のお力によって、僕とヒョーガは一つに溶け合いました。ヒョーガを処刑するということは、僕を殺すということ。兄上は、それでも処刑を続行なさいますか !? 」


「…………」× n (n = 1 + 列席貴族とその従者たちの数)


全くもって非常識極まりない事態です。
イッキ国王は、シュン王子のこんな無茶な願いを聞き届けた神に激しい憤りを感じたのですが、まさか、処刑を続行するわけにはいきません。
最愛の弟を汚した男は憎くて憎くてたまりませんでしたが、だからといって、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』理論で、最愛の弟まで殺してしまうほど、イッキ国王は判断力を失ってはいませんでした。


――それにしても。
非常識極まりないシュン王子の願いを聞き届ける神も神なら、そんなことを願うシュン王子もシュン王子。
恋のために変わり果てた弟の姿を嘆きつつ、イッキ国王は処刑の取りやめを命じたのでした。





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