「あの……氷河…は、ご迷惑じゃないですか? 休日のたびに、僕に付き合せてしまって……」

幾度目かのデート(?)の後、瞬が恐る恐る氷河に尋ねてきたことがあった。

「そんなことはない。君くらい綺麗な子と一緒にいられるのなら」
「え……」

別にそれは、おだてようとか口説こうなどと意識して言ったセリフではなく、単なる本音だったのだが、言われた瞬の方は、カクテルに酔って倒れた時よりも数段素早く反応し、すぐにぽっ☆と頬を赤らめた。
氷河にその手のセリフを言われれば、大抵の女はそういう反応を示すのが常だったが、瞬は、そんなセリフを言われること自体が初めての経験らしい。

(こんなに綺麗な子なら、毎日うんざりするほど聞かされて当然の言葉も言われたことがないということか?)

これを人類の損失と言わずして、何がエコロジーだろう。ユニセフは何故この綺麗な子供をさっさと世界遺産に指定しないのか――などと馬鹿げたことを考えながら、氷河は瞬に尋ねてみた。

「瞬は、恋人はいないのか?」

休日のたび雑誌記者に会ってはしゃいでいる瞬にそんなことを訊くのも無意味とは思ったのだが、氷河は確かめずにはいられなかったのである。

頬を染めたままの瞬が恥ずかしそうに肩をすぼめ、小さな声で答えを返してよこす。

「僕は……僕、少しだけ、自閉的人格障害の気があるらしくって、人とコミュニケーションとるのが下手みたいなんです。同年代の子と接する機会が少なすぎたせいでそんなことになっちゃったらしくって、あの、うんと大人の人とだったら平気なんですけど――」

「そんなことはないだろう。俺とはちゃんと話ができてるし」
氷河は、勝手に自分を瞬と同年代に分類して、そう言った。

「そうでしょうか?」
瞬が、まるで確かめるように、その大きな瞳を凝らして氷河の顔を見上げてくる。

瞬の瞳をまともに見てしまった氷河は、それこそ、瞬と同年代、もしくはそれ以下に分類されてしまっても仕方がないような反応を示してしまったのである。
すなわち、まるで小学生が初恋の相手に対峙した時のように――氷河の心臓は激しく波打ち始めた――のだ。

確かに――確かに、氷河にとって、瞬は、初めて出会うタイプの人間ではあったのだが、いい歳をしてこの反応はないだろうと、氷河は自分の心臓に呆れてしまった。

「嬉しいです、そう言っていただけて。……良かった。僕、そういう病気だって言われてるから、知らない人と話す時はいつも不安なんです。自分が、変に子供じみてたり、大人ぶってたりするんじゃないかって……」

「…………」

氷河の言葉を疑う色もなく素直に受け取って(無論、氷河は嘘を言ったわけではないのだが)安堵の息を漏らす瞬を見て、氷河の罪悪感はますます募る一方だった。
こんな子供を騙すのはやはりどうにも気が乗らない。
どうせ騙すのなら、氷河の第一希望は、やはり狡知に長けた大人だった。

(というより、マズい。こんな子供相手に、俺は本気になりかけているんじゃないか……?)

瞬には、子供のくせにどこか知的なコケットリーがあって、それが氷河の感覚に驚くほど強い揺さぶりをかけてくるのだ。
大人の部分と子供の部分がアンバランスに入り混じっていて、時折自分に向けられる、ぞくりとするほど深い瞬の眼差しが子供のものなのか大人のものなのかの判断が、氷河には自信をもってできないことすらあった。





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