STAY

〜たれたれぱんださんに捧ぐ〜






翌日は、氷河がシベリアに行くことになっていた。
氷河がシベリアに出掛けていく訳を、瞬は知らなかった。
瞬だけではなく、誰も知らなかった。
氷河は誰にもその訳を話そうとはしなかったから。

「ここんとこ、頻繁すぎねーか? 月に一度はシベリアに行ってるじゃん。わざわざ出掛けていったってさ、もうマーマとやらには会えないんだろ?」
星矢に水を向けられても、氷河は曖昧に笑うだけだった。

「瞬を一人にしておくと、瞬の機嫌を損ねるぞ」
紫龍に忠告めいた口調で言われても、
「土産でも買ってくるさ」
と、どこ吹く風である。

「そんなこと言って、お土産買ってきてくれたことなんかないくせに」
瞬の口調がとげとげしいのは、無論、これまで一度も氷河から土産をもらったことがないからではない。だが、氷河が一度でもシベリア土産なるものを持って日本に帰ってきていたなら、瞬の口調もここまでぎすぎすしたものにはなっていなかっただろう。それは、少なくとも土産を選んでいる間は、日本で待っている人のことを考えていた――ということになるのだから。

「ふん。マザコン」

大して大きな声ではなく、だが、吐き捨てるように鋭く言うと、瞬はそのままラウンジを出ていってしまった。

星矢と紫龍は、平生の瞬らしくないその捨てゼリフに一瞬呆けてしまったのである。
なんとか気を取り直した紫龍が、瞬の痛烈な一言に驚いたように瞳を見開いている氷河に向かって、顔をしかめつつ、ひそりと言う。
「おい、氷河。今度だけは忘れずに土産を買ってきた方がいいぞ。瞬を本気で怒らせるとどうなるかは――おまえ、よく知っているだろう」

「…………」

実際に見たことはないが、人づてに、それは氷河も聞いていた。
“瞬の本気”が、冥界の王ハーデスの襲来もそよ風の優しさに思えるほど、情け容赦のないものだということは。

その時に、瞬の中から“人を傷付けるのが嫌いな瞬”が消えてしまうということも。





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