「で?」

瞬の許されない恋の相手は、しかし、それを許されぬことだとは考えてもいないようだった。
目を伏せて黙り込んでしまった瞬に、瞬の恋の相手がふいに切り込んでくる。

「で……とは?」
「抱いていいのか、俺は、おまえを」
「そ…そのようなこと、存じません」
「瞬〜っっ! 何をしても許される身だからこそ、俺にはおまえのOKが必要なんだ。頼むっ !! 」

氷河の言葉に戸惑った瞬が横を向くと、あろうことか氷河は、上座から降りて瞬の前に両手をつき、一瞬の躊躇もなく瞬に向かってがばっと頭を下げた。
氷河の奇天烈な行動には慣れっこになっていた瞬も、これには面食らってしまったのである。

「う…上様、そういう笑えないご冗談はおやめください。そ…そういえば、最近、江戸の町では、『けちな口説きよう、拝むから後生』という川柳が出回っているそうですよ。将軍様ともあろう方がそんな……」

「頼む! 拝む! 後生だ! 俺と寝てくれっっ !! 」

「…………」


はっきり言って、将軍の権威も何もあったものではない。
将軍という地位にありながら、こんな真似のできる氷河が、瞬はまるで理解できなかった。瞬には、氷河が、並外れて器が大きい人物なのか、それともただの馬鹿なのかすら、わからなかったのである。
わからなかったが――まるでわからなかったが、それでも瞬は、そんな氷河を好きになってしまっている自分自身を自覚することだけはできていた。

いずれにしても、将軍家暗殺を企てた不届者として明日にでも瞬を獄門・磔にできる立場にいる天下の征夷大将軍が、一介の小姓に向かって頭を下げている図など、家臣の誰にも見せられたものではない。


畳に額をすりつけて平身低頭している征夷大将軍に、何と言ってOKの返事を伝えたものかと悩みながら、瞬はうっすらと頬を染め、瞼を伏せた。





■■ 余談 ■■

ともかく、その夜、瞬は名実共に徳川将軍家の“ご寵愛様”になったのである。

瞬とその兄は将軍暗殺の咎を問われることはなかったが、代わりに瞬の兄一輝は、翌日から氷河の暴れん坊将軍ごっこに弟と共に付き合わされることになった。
そして、三人組になった暴れん坊将軍ご一行様は、それからも悪代官たちと戦い続け、江戸庶民の人気を博し続けた。

一輝はその働きを認められたのか、五年後には三万石を与えられて将軍家旗本に取り立てられ、城戸家の再興を果たしている。

大奥御年寄り絵島は、やがて断行された大奥解体に伴い故郷に帰り、そこで良縁に恵まれ一男二女に恵まれたそうである。



氷河は、そして、終生“ご寵愛様”を手元から離すことはなかったと、徳川宗家正史には記されている。




ゆめゆめ疑うことなかれ。












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